楢(ナラ)材と鉄くぎの相性が悪い? どのような釘で固定すればいいのでしょうか?

 

たまたまナラフローリングの施工に際して同じ質問が重なりました。

『ナラは、鉄くぎと相性が悪いと聞きましたが、
ナラフローリングどのような釘で固定すればいいのでしょうか?』

相性が悪いと言ってもどんなところで相性が悪いのか?
よくよく伺ってみると木材における鉄汚染の事を気にされている様でした。

某サイトでは以下の様に説明されています。
「ヨーロピアンオークの欠点として、乾燥に時間がかかる事や、乾燥の際に割れなどの狂いが生じる事も多く、さらに、鉄を腐蝕させる性質を持っているため、鉄の釘やネジを使う事が出来ません。湿気が多いところに使うと、鉄製の釘と共に、その周辺が変色してしまう恐れがあります。」

 

とはいえ、樽に使用されている楢材(ナラ)などは
かなりのテンションが掛かった状態で70年以上も使われてきたわけだし
強度的には問題は無いのではないかと思います。

以下はウイスキー樽に使われていたナラ材をフローリングに再加工した商品画像です。
確かに釘があったと思われる個所は黒く変色していますね。

 

 

 

気になるのなら採用を控えればよろしいかと思います。
ただ、世界中でフローリング材に一番多く使われている樹種はオーク材であることも間違いではございません。

最近の木材利用推進について。公共物件における木材の利用推進が進められている。

最近の木材利用推進について。

昨今では、環境問題の高まりなどから木材の利用推進が一段と強化され各省庁も木質内装化の推進など様々な利用推進が見受けられます。

ここでは、どのような方法で木材の利用推進が図られているか一部を抜粋してご紹介させていただきます。

 

まずは、やはり公共物件における木材の利用推進が進められている。木造住宅はもちろんですが、小学校、市民会館・ホール、大学研究施設、町役場庁舎、消防防災センタ、複合公共公益施設などでも木材利用が推進されています。

 

日本建築学会環境系論文集 第80巻 第709号, 297-304, 2015年3月号 公共建築の計画・設計時における木材調達に関する実施事例中・大規模建築物における計画・設計段階での木材流通情報を活用した木材調達支援に関する研究 その1 早 川 慶 郎*

  • はじめに

わが国では、森林の持続的な活用のため、森林・林業再生プランが平成21年に公表され、平成23年に新たな森林・林業基本計画が策定された1)。また公共分野での木材需要を喚起するため、平成22年10月、「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が施行された2)。平成23年5月に国は具体的な木造設計の技術基準「木造計画・設計基準及び同資料」を公表した3)。法律を施行後、公共建築における設計基準や、仕様の整備は進んでいる4)。しかし、実際の建物の整備状況は、平成24年度に国が整備した低層(3階建て以下)の公共建築物が462棟、合計延べ床面積249,692m2のうち、木造で整備をしたのは42棟、合計延べ床面積7,744m2であった。木造以外の構造とした主な理由は以下である5)

〇延べ3,000m2を超える大規模な建築物など、建築基準法その他の法令に基づく基準において、耐火建築物とすること又は主要構造部を耐火構造とすることがもとめられた建築物であること。

〇自衛隊施設など、治安上又は防衛上の目的から木造以外の構造とすべき施設等の建築物であること。

〇刑務所、拘置所等の収容施設であり、施設の機能上の観点から木造以外の構造とすべき施設等の建築物であること。

〇気象台、海上保安本部航空基地など、災害応急対策活動に必要な施設であることから、木造以外の構造とすべき施設などの建築物であること。

〇法施行(平成22年10月)前に非木造建築物として予算化された建築物であること。

その他、高温多湿な環境条件、危険物の貯蔵、並びに工期・予算上の制約

などの法規制や、建物の要求条件から木造が不適であったことが報告されている。また本来木造でも建設可能であったが、発注者の木造に対する経験の不足や調達時の課題から、RC造やS造を選択した場合なども推測されるが、本調査では明らかとなっていない。

木造以外を選択した要因の一つとして報告されている3,000m2を超える建築物への耐火基準については、国土交通省の社会資本整備審議会にて制度設計について議論されており、新技術導入の円滑化や性能規定化をはかり、防火壁等で有効に区画した場合には、耐火構造以外の木造建築物であっても、3,000m2を超えて建築可能になるような規制の見直しや、合理化をはかる案が提出されている。6)

次に木造建築に関する技術開発や研究の状況は、構造については、林野庁事業にて構造設計データ集7)の公表などの情報整備が進められている。また火災への検証は、実物大実験8)により研究が進められている。そして設計や調達については実務者への情報提供を主とした手引書やマニュアル9)は整備されつつあるが、建築生産プロセス全体から見た際の設計者支援のあり方や調達、各ステークホルダー(利害関係者)間の関係性への体系的な研究は実施されていない。

公共建築等の非住宅系建築における木造は、耐火性能や構造以外に、調達に関する課題が存在する。従来のS造やRC造の場合、鉄骨寸法の標準化、鉄筋寸法の標準化がされているとともに、同じ品質基準で材料を供給可能な業者が全国に存在しており、調達に関して地域差の課題は少ない。一方、木材の場合、設計図にて標準寸法を指定しても、原木の長さ、太さの制約条件や、製品の品質強度や量について、地域によって供給(調達)可能な材料に差異がある。

木材調達の地域に由来する問題については、全国一律の設計基準と標準仕様の整備に加えて、地域毎の流通における木材産業面での課題解決や、「ヒト」を含めた建築生産体制の整備も課題である。

本研究では、公共建築の中・大規模建築(注1)における設計や木材調達に関する具体事例の調査をもとに、企画・設計段階や調達段階での課題を調査し、建築生産プロセスから考察する。今後の公共建築や、中・大規模建築での木材利用の拡大や木造建築の普及のための課題を抽出し、地方公共団体の発注者への支援や木材供給側が整備すべき情報、設計者支援について、有用な取組みを考察する。

本論文の構成は、2章にて木材の調達と発注、設計について、木造住宅分野での木材調達、ならびに中・大規模建築での木材利用について現状把握を行った。3章にて、公共建築にて木材利用の事例について設計者へのヒアリング調査を行った。4章にて、木材利用に向けた自治体の取組を調査した。5章では、2,3,4章で得られた課題を、各ステークホルダー(利害関係者)の視点からまとめた。6章は、各ステークホルダー間の複雑な課題を解決し、円滑に木造の建築を行うためにコーディネーターの重要性について指摘した。7章では、本論文のまとめと、今後の課題について記した。

 

  • 木材の調達と発注、設計について

2.1 木造住宅分野で利用される木材

本項における木造住宅分野は、二級建築士の業務範囲での規模を想定し、記述する。木造住宅に使用される木材は、構造材、下地材(羽柄材)、造作材(仕上げ材)、合板類の主に4つに分類される。表1に一般的に利用されている材の寸法や、供給状況を、ヒアリング等からまとめた。

住宅分野の場合、年間約45万戸~55万戸(2010年:約46万戸、2013年:約55万戸)の推移で国内需要が存在する10)。寸法体系は、ほぼ規格化されており、産地の指定や特殊な樹種の指定をせずに、一般的な寸法の木材であれば、調達は容易である。

住宅分野では、壁量による構造計算手法や、構法・構造用金物について、全国的に統一した仕様や規格が整備されてきていることや、プレカットの導入など、一定の品質が確保されるシステムが確立されている。木造住宅では、ハウスメーカーやパワービルダーなどの施工業者を中心に、設計者や職人の技能への依存度が低くなるように、生産システムが改良されてきた。多くの木造住宅の設計は、主に木造建築士や二級建築士の業務可能な範囲となる。

木造住宅の工期は、6~9ヶ月程度であり、木材調達からプレカット、建て方工事までは、2ヶ月程度で実施されるため、木材は、流通業者や製材業者が持つ在庫からの供給が一般的である。(図1)

2.2 中・大規模建築での木材利用の場合

公共建築における木材利用促進の法施工後、中・大規模建築において木造を採用する事例に注目が集まりつつある。また、構造材以外にも内装材として木材の利用が増加しつつある。しかしながら中・大規模建築が全国的に計画・施工されるようになりはじめたが,発注者・設計者・施工者ともに、木構造の経験が不足しており、様々な課題がある。

  • 構造材の寸法

中・大規模建築では、構造的要素として広い空間が必要とされ梁のスパンが長くなるとともに、階高が高くなり柱の断面寸法が太くなる。このため一般的な住宅用の製材では、材長、断面寸法から供給が困難となる。したがって、適切な集成材の活用や、製材をトラス構造で利用するなどが求められる。また製材品のm3単価は、杉材の105mm×105mm×3m材のm3単価を1とすると、105mm×390mm×6mでは2.2となる。また更に長尺材となると4を超える12)。そのため調達や施工性を考慮せずに、木造や木材利用を選択すると、材料単価の高止まりや、特注金物を大量に必要となる事も有りうるため、工事費全体の高騰につながる可能性がある。

  • 調達可能な材の地域性と強度

スギやカラマツなど樹種により、ヤング係数は大きく異なるだけでなく、同じ樹種間においても、強度は地域性を有しておりヤング係数の平均値は地域によって異なる。そのため、地域材などを指定して構造材に利用する場合には、設計時に調達可能な材とそのヤング係数を予め把握する必要がある。調達可能な材のヤング係数から材料強度を把握し、構造に反映した設計とする必要がある。

  • 材の調達および供給

住宅用に流通する木材とは違う寸法や材が必要となる事や、住宅の生産時に必要な量と比較すると、一度に必要な量が、大きく異なり、短期的に急激な需給変動を起こす。例えば人口5万人程度の自治体が、小学校を木造で建築する計画を立て、原木換算で1,000m3の木材を必要したとする。人口5万人あたりの住宅に利用される原木量が600m3程度と試算(注2)されるため、学校建築の木材を自治体や周辺の地元産材を活用するとなると、年間需要を超える原木を調達・供給することとなり、需給構造を急変させることなる。そのため流通面で様々なところへ歪を生じかねない。また小規模な自治体では、中・大規模な木造建築は、一過性の需要であることが多く、中・大規模需要に合わせて流通を地域整備することは困難である。

  • 中・大規模木造建築の施工能力、施工図の作成

木造の床面積の割合は、住宅を含めた建築物全体では41.6%であるが、公共建築物における木造率は8.4%にとどまり13)、中・大規模な木造建築を施行した経験を持つ施工業者の数は、まだ不十分であると推測される。また木材調達時および施工時に重要である施工図・加工図、木拾い書きを作成できる技術者は、受注生産型の中大断面を製造加工する集成材メーカ(専門加工業者含む)及び専門商社以外では、非常に少ない。

  • 公共工事における単年度予算と工期

公共建築で単年度予算での執行の場合、4月に入札、工期1年での竣工・引き渡しとすると図2のようなスケジュールとなる。木材調達には、施工業者らが実施するとなると3ヶ月程度となる。そのため大量の木材を、産地指定での調達となると非常にクリティカルな工期となる。また原木の伐り旬は、秋から冬が良いとされているため、4月の入札後に春から夏にかけて伐採することは、本来の木材の性質からすると望ましくないとも考えられる。一部、木材調達のみを分離発注する動きもあるが、施工図が作成されていない段階での見込みでの木材発注になるため、材の過不足などのリスクをだれが負担するのかなど課題が残る。

  • JAS認定工場の供給体制

公共工事の場合、木材の仕様についてJAS規格を指定されることが多い。しかしながら、構造用製材工場でJAS認定工場のうち機械等級区分ができる工場は、20県の46工場に限られている。一方、構造用集成材については、JAS規格品が流通材の基本となっている。ただしいずれのJAS認定工場も、全国全ての都道府県には存在しておらず、エリアによっては地域材を使用する場合に、一旦他府県の工場へ原木を輸送し、集成材へ加工、現場へ搬入する工程をとる必要もある。(図3)

 

 

 

3.木材を活用した設計事例の調査

従来、RC造、S造、SRC造を中心に手がけてきた大規模な組織系設計事務所においても、木造や木材を利用した設計事例が増えつつある。組織系設計事務所に在籍する設計者に、公共建築を対象に木材を用いた設計事例に関するヒアリング調査を実施し、ヒアリングで得られた、①建物概要、②プロジェクトや木材利用の経緯等、③プロジェクトを通じ設計者が得た課題を、次項に記す。

3.1 小学校体育館(近畿地方)

① 施主:自治体、構造:木造、竣工:2004年

② 地域住民が将来にわたり、愛着が湧き、誇りに思える建物を目指すため「純木造」、「地元木材の利用」、「明るい大空間」等の施主の要望を具現化した。地元のスギ、ヒノキをはじめとする国産材の木材を採用し、地元森林組合と設計時より調整し、樹齢75年程度の原木を伐採し、建物に採用した。25m超のロングスパン部は、ヤング係数が高い北海道産のカラマツを採用した。エントランス、小屋組みなど応力が小さい箇所は、地元産のスギを採用した。内外装は全て、地元産の木材を採用した。

③設計段階で森林組合などの協力を仰ぎ、採用可能な断面、長さなどを確認しておくことが必要である。集成材であれば、上記のような問合せが不要であるので設計者としては採用しやすい。

設計者の木造設計での経験や技量が不足し、製材サイズのみでの設計にはいたらなかった。一部集成材も活用したが、製材サイズで地元材のみで設計・施工できていれば、更に地元へのアピールとなったと考えられる。

設計時にS造、RC造と同様の納まりで考えてしまい、現場での納まりに苦労した。木造の特質を理解し、梁のたわみ、・変形、部材の誤差などを考慮した納まりとする必要がある。

木を伐採するのに適した時期があるが、それが工事工程と合致しなかった。そのため含水率が高い状態で伐採することになり、乾燥も苦労することとなった。乾燥は、自然乾燥ではなく人工乾燥を実施した。そのため今後は、設計工程、施工工程を伐採時期に合わせる必要があるとも考える。施工着手時期に合わせて伐採するよりも、伐採に適した時期に行い保存しておく方が木材の品質は向上する。

3.2 市民会館・ホール(関東地方)

① 施主:自治体、構造:RC造、竣工:2010年

② 新しい市民ホールとして、子供からお年寄りまでの幅広い利用者でいつもにぎわうホールを目指し、内装は暖かみのある木を多用し格調高くモダンな印象を狙った。具体的には、ホール内の床はナラ無垢材OSCL、壁・天井は不燃天然木練り付け材を採用した。この自治体は、特段林業が盛んな地域ではないこともあり、地元材利用は話題とならなかった。

③ 合板化されているフローリング材と違って無垢材利用の際、設計にてコスト設定をしていても、現場段階で施工者により材質やグレードの相違があり、増額要素となり協議が難航した。CASBEEでは、木材利用は加点対象の項目となるが、持続可能な森林からのフローリングや合板ということが証明されないと加点不可である。そのため、フローリングメーカーに問い合わせても、現場単位によって木材の入手ルートが異なり、施工者と契約をしないとトレーサビリティのような証明書は発行不可であるため、CASBEE加点が実質不可となってしまう。

3.3 大学研究施設(近畿地方)

① 施主:学校法人、構造:RC造、竣工:2011年

② 施主との協議の中で設定した課題(周辺環境への溶け込みだけでなく、使用する学部の専門性ならではの社会性、根源性を表出した建築とする)に対し、木材の使用がその糸口となると考えたため、設計意図として木材を使用した。外装(エキスパンドメタル内に木片を積層)に、近畿産の杉芯材を使用し、サインは杉板積層を使用した。調達に関する経緯は、はじめに木材使用の方向性は決めたが、ヒアリング先に困り、ネット・雑誌で検索し、建築雑誌にて、四国エリアの木材業者を見つけ、ヒアリングや工場見学した。こちらの業者へのヒアリングを通じ、杉芯余廃材(合板製造時の芯材端材)の使用を決定したが、この業界で取扱いがなく、調達先に苦慮した。社内にいた木材業界へのネットワークを有する社員にヒアリングし、合板製造メーカと取引のある原木市場の紹介を受けた。この原木市場から、合板製造メーカと打合せを実施し、調達ルートを確保した。

③木材コーディネーター(調達先の調整など)の、人的な支援が必要である。2013年頃から、木材を利用した実例が増加し、注目度も高まっているので、使用意識の高い人は見学会等を通じて、木材業界とのネットワークが築きやすくなっているようにも感じる。この建物の木材調達の場合は、木材業界へのネットワークを有する社員がいて成立した。

地域で調達可能な木材のリスト(サイズ、納期、量)については、木材を採用する方向性が決まった後には、重要である。しかしながら、まず木材利用の方向性を導き、設計側と木材業界をつなぐツールとして、メディアへの積極的な露出と、その内容の工夫があると良い。有効と思われるメディアへの積極的露出が設計者へのアプローチとして必要と考える。例えば、「雑誌データシートへの掲載」、「WEB,HPの充実」、「賞の内容充実と知名度の向上」が挙げられる。通常業務で住宅設計に携わらない設計者は、木の知識が少ないため、「特性」、「加工実例」、「建物実績」等が掲載されているとイメージを膨らませやすい。前述の四国の木材業者は、施工はせずとも、施工現場に出向き、設計手法や使用方法を調査しHPに掲載し、設計者から問い合わせや相談を受け、材の供給を実施している。

しかしながら最終的な木材利用については、設計者の意欲と、施主の考え方に大きく左右される。

3.4 町役場庁舎(九州地方)

① 施主:自治体、構造:RC造、竣工:2014年

② 町産材である地場の桧を積極的に活用したいとの施主の希望により、実施設計段階で施主(町)が自ら桧材を大量に調達した。

外壁腰壁部仕上材に、町産材桧を予定していたが、屋外に使用するため、定期的なメンテナンス(保護塗料の塗り替えや清掃)等が必要になることから、施主の意向でメンテナンス時の負担を避けるために、施工段階でタイルに変更した。一方、多目的室床材には、当初タイル仕上げであったが、町産材桧を使用した。当初のタイル仕上げから、暖かみのある床仕上げということで町産材桧を設計者から提案した。劣化等の対策として、一液ポリウレタン塗料+加圧焼成を地元業者で行い施工予定である。歩廊部の天井仕上材に、町産材桧を、内装制限の範囲内で使用予定である。

③ 内装制限の法的解釈に関しては、各行政の解釈を明確化することを希望する。

3.5 消防防災センター(東北地方)

① 施主:自治体、構造RC造、竣工:2014年

② プロポーザル提案時に地場産材の利用として、地場の杉材利用を提案した。震災復興における市内の公共建築物の一つ目となる建物にふさわしい、シンボル性を与える意図があった。消防署という公共的な用途のため、市民が親しみやすい建物とするため地場産にこだわった。エントランスホールの壁および天井の化粧材。地場産の杉50×150(上小節)を200ピッチで施工予定である。

③ 地場産材を採用する際の特記方法がルール化されていないことが課題である。またメーカー品でないため地元工務店や製材所などにヒアリングする必要があったが、問合せ先が不明だったため、「地場産杉使用」と設計図で表記するにとどまっている。化粧材として使用する場合において、耐震性の確認方法がルール化されていないため、ボルトで材を固定しても割れが生じないか、などの確認方法が不明である。山間部に近い地域では、地元材利用のニーズが多いため、問合せ先の公表(例えば、市から発信する等)があれば、設計時の参考にしやすくなる。

3.6 複合公共公益施設(関東地方)

① 施主:自治体、構造:S造、竣工:2014年

② 発注者の要望にて国産木材を利用した。また発注者が、木材利用促進の制度を設計期間中に新たに設けたため、その制度の先進事例としても木材利用を推進した。木材の利用部位は次の通りである。

・外装ルーバー材、外装仕上げ材(下見板貼り)、外部デッキ材、外部天井ルーバー材、外部手摺には、スギの熱処理加工木材、ヒノキの熱処理加工木材を使用予定である。

・内装材(床材、壁仕上げ材、腰壁、家具、内装下地材の一部、天井・壁ルーバー材、手摺、コーナーガード、巾木)は、スギ・ヒノキ・ナラ・ブナ・カラマツ・アカマツ・サクラを使用予定である。

産地は主に国産材とし、発注者である自治体と、協定を結んでいる他の自治体産を使用予定である。当初使用予定だったもので使用しなかった、できなかった材としてはカバ材があげられる。国産材としての供給量が少なく、外材になる可能性が出たため、発注者の意向として国産材の使用を優先した。また圧密加工木材(家具のカウンターやフローリング等の堅さを要求される部位に使う予定)も、圧密した木材の長期の経年時の耐久性の見通しが不明瞭であったため、使用を見送った。調達は、発注者である自治体が協定を結んでいる自治体の木材を調達が可能なように公募を実施した。公募概要は施工者・設計者・発注者にて作成し、公募による木材業者の選定は施工者にて選定した。

③ 自然素材なので経年による劣化(割れや反り等)が起こるためメンテナンスを要することに対する、発注者の理解が必要である。

木材業者は経年による割れや反りによる不具合まで全て保証できない。例えば外装のルーバー材では経年による割れ等による落下の危険性を回避するために取り付けディテールの工夫に検討時間とコストがかかった。

 

4. 木材利用に向けた自治体の取組への調査

多くの地方公共団体にとっても、企画段階や発注段階での発注者の木造への取組事例や経験が少ないこと、情報不足等が木造の普及への障害の一因と考えており、実際には、木造利用の推進が困難であることも事実して存在する。そこで、自治体では、地域の課題に合わせたガイドラインづくりなども進みつつある。埼玉県では、公共建築物への埼玉県産材の利用を躊躇する理由について、アンケートを埼玉県の営繕技術者へ実施し、38人から結果を得て、表2のような結果を得ている。これらから、埼玉県では、木造が他の構造体(RC造、S造)等と同列で比較、検討されて、実際に採用されていくためには、前例がないという意見があるように、経験不足や未経験がゆえに、経費がかかる可能性への指摘や、調達への不安(表2)を克服するためには「建設事例」「構造体への知見」「使用材料への理解度」の情報の整理が不可欠と考え、農林部森づくり課が主導し、木造公共建築物整備の手引を作成している17)。岐阜県も同様に木造公共建築のマニュアルの整備を進めている18)

7. まとめ

従来、S造やRC造が中心であった中・大規模の公共建築分野において、発注者、設計者が木材を選定し設計・調達する際の課題の実態調査を実施し、従来個別に議論されてきた各課題を、企画や調達の課題を、建築生産プロセスの視点から俯瞰的に明らかにした。抽出された課題は、次の3点である。1つめとし、発注者、設計者が、木材を扱ったことがないため、知識、経験、技量が不足しているだけでなく、木材供給側からも十分な情報提供がなされていないため、地域で入手可能な木材の質、量、納期などが、木材を利用する側に届いていないことが明らかとなった。

2つめとして公共建築の木材利用については、単年度予算による建築スケジュールなどが、木材調達をする上での新たな課題となっていることも明らかとなった。3つめとして、中・大規模建築において、木材利用を通常のS造やRC造などと、同様に木材を扱うためには、他の工業素材と同等の情報提供や、構造設計を簡素化するための部材や接合部の標準化を行うことが、より多くの発注者、設計者が木材を選択し利用できるために必要不可欠なことが明らかとなった。さらには各関係者を連携させ、ノウハウを補うコーディネーターの重要性を示し、必要な職能について考察した。

今後の課題としては、次のことがあげられる。

現状の大学における建築教育では、S造やRC造について学ぶ機会は多いが、木造や木材利用を学ぶ講座や機会は少ない。将来、発注者や設計者になる学生が、S造やRC造と同列に木造、木材を選択し、判断するためには、木造や木材を知り意識づけをしておくことが重要であるため、木材利用に関する教育プログラムづくりが課題である。

また公共建築では、単年度での建築スケジュールから、木材調達の分離発注を前提とした複数年度での発注スケジュールへの対応や、分離発注時のリスクを管理可能な、柔軟な予算制度や仕組の確立が求められる。最後に、広範な知識やノウハウを求められるコーディネーターを支える情報システムの整備、その職能に対して報酬が得られる社会環境の整備が求められる。

 

木材の利用推進を進める際に最近ではトレーサビリティの面も重要視される。トレーサビリティとは「生産履歴の追跡」を意味します。私たち人間の履歴書のようなものです。偽装が相次ぐ食品業界では食料品の安全性を証明するために、トレーサビリティ確保の重要性がますます高まっています。木材は食品のように口に入れるものではありませんが、薬剤や虫害、違法伐採など、決して無視できるものでもありません。輸入材のように、産地と消費地の距離が遠隔化すればするほど、このトレーサビリティの確保は難しくなります。逆に言えば、産地と消費地の距離が近ければ近いほど、生産者や生産工場の顔が見える、信頼性の高い製品の供給が容易になります。世界の違法伐採木材の市場は、生産地の顔が見えず、様々な国々を中継するが故に、成立しているのも事実です。

 

木材のトレーサビリティについての研究をご紹介させて頂きます。

 

木材トレーサビリティによる地域材情報を蓄積するための仕組みづくりの成果と課題

○三浦 逸郎・佐藤 宣子**

地域材住宅、木材トレーサビリティ、「見える化」

 

1. はじめに

2011年3月11日の東日本大震災は、第一次産業に広範囲で甚大な被害をもたらすと共に、わが国の経済社会システムのあり方に対しても転換を迫るものとなっている。安全で安心な地域社会を構築するためにも、未来像を明確に描きながら復興することが重要であり、もう一度、持続可能な社会における流通のあり方を見直すことは重要な課題である。同年4月26日に閣議決定された「森林・林業白書」1)の冒頭では、森林・林業再生に向けた、木材需要の拡大の重要性を唱えている。特に、低炭素社会構築への寄与のためには国産材の中でも、地域材利用促進が重要である。

しかし、価格優先の従来の木材流通は大きな課題を抱え、一方で消費者と生産者のつながりを重視したはずのこれまでの「地域材住宅運動」の多くは、環境イメージという情緒主義からビジネスへ、と転換を図ることに苦戦し、品質への信頼性や価格の透明性等について消費者から十分な賛同を得ているとは言い難い状況である。生産者である林業家と製材、流通、工務店、設計者及び消費者が、木材流通課程において一つのシステム(木材トレーサビリティ)を共有することにより、流通課程の地域材情報を蓄積するための仕組みづくりが出来れば、互いの信頼性を高め、地域材の需要拡大と効率的な加工・流通体制の確立の促進を図ることができると思われる。

本報告は、熊本県小国町の林産地から伐採・搬出・製材した地域材を通して、次の3点を明らかにすることを目的とする。まず1点目は、手軽に地域材情報を蓄積できる仕組みづくりについて、2点目は蓄積する地域材情報の信用性を担保する仕組みづくり、3点目には、蓄積した情報を利用しやすい仕組みづくりについてである。なお、本稿ではウッドスマイルズ研究会の定義を援用し、地域材とは「同一都道府県内、または隣接都道府県内、もしくは産地から最終消費地までの輸送距離が、およそ300Km以内の木材」2)とする。

2. 地域材流通のあり方

2.1 国産材流通の変遷

林業が取り巻く環境は、1990年代から大きく変化したと遠藤日雄らは指摘している3)。素材生産の機械化により生産性向上や製材工場の大規模化がある程度進んだものの、プレカット化に必要な木材乾燥への対応が遅れ、円高の中で集成材などの外材製品が急増し、2002年には木材自給率が18.02%4)まで低下した。ところが、秋山孝臣5)によれば、近年木材流通の2つの要因により、国産材流通に大きな変化が生じたと報告されている。1つ目は、国際的な木材需要の逼迫、国産材の価格低下等により国内の大手住宅メーカーや大手製材所等に、国産材を見直す動きが生じていること。2つ目は、木材の大量生産・大量流通を促進する政策がとられ、各地に大規模製材所の建設が進められたことである。このような流れから現在では、木材自給率は26%4)まで回復している。林野庁が提出した「森林・林業再生プラン」1)では、10年間で自給率を50%に上昇させるために、木材利用の拡大に向け、木材(用材)需要量を増やすことを挙げている。そのためには、国産材の加工・流通体制の構築を行い、ロットの拡大、加工施設の大型化、流通の合理化等によるトータルコストの低減を図ることで、山元への利益還元による森林への再投資が出来るとしている。しかし、大規模流通の整備によって木材需要量増加と自給率が上がっても、林業家の手取りとなる山元の立木価格は低位で推移しており、一部地域では無秩序な伐採と再造林放棄という森林環境面で問題が発生していることが指摘されている6)

2.2 地域材住宅の推進

一方、大規模な市場流通とは異なる地域材の流通というオルタナティブな流通での価格の適正化は、林業を復活させ、植林、除伐、間伐などの健全な森林管理や経営を生み出し、森林の多面的な機能の向上に寄与すると考えられる。地域に根ざした木材流通を支えたのは、80年代から大手資本に対する差別化のために産直住宅運動を始めた地域工務店を中心とする中小企業であった。当時の産直住宅は、地域材の良さを生産者から直接、消費者に伝え供給することで、施主の増加と流通コストの削減による利益向上を目標にしたが、消費者からは地域材の良さよりも直接取引による低価格化への期待の方が大きく、大手資本への対抗策になるまでには至らなかった7)。また、消費者と生産者との距離が離れているため建設後のアフターケアの問題からてんかいにげんかいがあるとする指摘のアフターケアの問題から展開に限界があるとする指摘も多かった。その後、2000年以降、消費者の近隣地域で生産された地域材を積極的に利用する「顔の見える木材での家づくり」の広がりがある程度みられ、データベースに登録されている団体は、166団体である8)。しかしこの運動も、消費者とのつながりを重視した山林ツアーや住宅相談会等を展開するにも関わらず、先の産直住宅運動と同様、大手資本への巻返しにはなり得ていない9)。小嶋睦雄10)は、地域材住宅運動において、消費者との「顔の見える関係」から来る信頼感にあまりにも頼り過ぎており、今後は技術や地域材の品質向上に努めなければ消費者の信頼感は揺らぎ、これまで築いた関係は消失すると指摘している。このことからも、地域材住宅運動には今後、消費者への宣伝活動と並行して、技術や品質の向上を目指した仕組みづくりが必要であると考える。

2.3 品質向上のためのトレーサビリティ

中村裕幸ら11)によれば、品質に関わる信頼性のある情報が乏しく、結果として入手する木材の品質が不安定であり、国産材の最大の需要者である工務店・設計者からみて、木材の品質・供給量に関して信頼できる情報が流通していないと指摘している。このことから、木材流通課程において製品管理、品質管理の専門家を確保できていない現状がうかがえる。しかし、木材業界を取り巻く現状を考えると個別に人材確保をするのは困難である。その解決策として、天竜T.S.ドライシステム協同組合では、7年ほど前から出荷する一本一本の木にバーコードラベルを貼り管理することで、品質向上への取組みを行っている。天竜流域の地域材だけを使って「新月伐採」という独自の方法で伐採し、「葉がらし乾燥」と「浅積み天然乾燥」で年月をかけて乾燥させることで、木材の付加価値を高めブランド化を図っている。この一連の取組みを「木材トレーサビリティ」と呼んでいる。「トレーサビリティ(traceability)」とは、「製品の流通経路を生産経路から最終消費者段階あるいは廃棄段階まで追跡が可能な状態」を言い、「追跡可能性」とも言われる。近年のBSE問題、産地偽装問題などの発生に伴い、特に食の分野で注目される。これに対して、田中万里子12)は、木材は住環境と深く結びついており、食の安全に比べ緊急性は低いものの、地域材を活用した建物の購入者や使用者にとって、長期間の安全を担保し安心につながる木材のトレーサビリティは有効であると指摘している。木材は、原木伐採されて建物になるまでの間にその形体が大きく変化するためトレーサビリティを導入するには課題が多い。しかし、生産者から消費者までの流れをトレースし、流通経路を「見える化」することは、品質の向上、供給の安定に貢献するだけでなく、生産者の間に一体感が生まれ、消費者の信頼と森林に対する関心を高めることにもつながる。

3. 手軽に取組める木材トレーサビリティ

3.1 固体識別を行うツールについて

木材トレーサビリティを行なうためには、情報を蓄積するデータベース(DB)と個体識別をするための番号(ID)の構成が必要である。DBには、立木、丸太、製品、建物の情報が保存され、建物を構成している製品から生産履歴を検索できる。製品に付けられるIDは、木材に取付けるためのタグに、印、バーコード、二次元バーコード、RFID(電子タグ)などを利用して識別を行う。既に、中村裕幸ら11)は産地証明及び木材一本一本の品質(含水率およびヤング係数13))と、生産者から消費者までのトレーサビリティを担保するRFIDを活用した実証実験を行っている。現在、RFIDは、屋外でも使用できるセラミック等を材質としたインレットを利用し、専用の端末で読み書きを行っている。しかし、実用化するためには、RFIDの低価格化や木材の形体変化によるRFIDの取付け手間の問題、情報共有のために有効な項目についての検討などの課題が残る。中小企業でも手軽に取組める仕組みとしては、改竄されにくい二次元バーコードを利用した仕組みづくりが有効であると考える。また、広く普及するためには、三浦逸郎ら14)が行った木材トレーサビリティの方法で行われる、形体変化ごとの立会い手間の軽減を改善する必要がある。

3.2 信用性を担保する仕組みづくり

生産行為は、常に人を介して行われる。人の作業履歴を記録し、分析することで、生産向上に役立てることが可能である。近年、この行動履歴のことをライフログ15)と呼ばれ、人間の生活・行い・体験(Life)を、映像・音声・位置情報などのデジタルデータとして記録(Log)する技術、あるいは記録自体のことを指す。このライフログ技術を活用することで、これまで形体変化ごとに第三者が立会い信用性の担保を確保していた手間を軽減することが可能であると思われる。既に、川原靖弘ら16)は、誰もが活用する携帯電話の電界強度を利用して、人のライフログを利用した在庫管理を行っている。しかし、携帯電話の電波が届かない屋外までは、在庫管理を出来ないため、人工衛星の電波を補足して、人の軌跡を記録するGPS(Global Positioning System)測位方式による位置情報通知機能付きの端末を利用したシステムが必要である。これからのライフログと二次元バーコードにより管理された地域材とを時間で管理することで、効率的に、生産者から消費者までの流れを消費者から容易に見える仕組みづくりの構築が可能であると考える。

3.3 蓄積した情報を利用しやすい仕組みづくり

素晴らしい地域材をつくっても、それが住まい手である消費者に認知されなければ、積極的に地域材を利用した住宅建築の普及はないと考える。現代社会において、地域材を活用した家づくりをどのような形で発信していくかは重要な課題のひとつでもある。そこで、現在多くの国民が利用している携帯電話を情報伝達ツールとして利用することがもっとも有効だと思われる。2006年3月末の総務省の調べ17)によると、日本の携帯電話・PHS加入数は、96,483,732名が保有し、普及率75.5%に達している。特に、インターネット接続機能のついた携帯電話は、24時間、消費者の30cm圏内にあるパーソナルメディアであり、現代社会に不可欠な情報端末である。また、総務省は「2007年4月以降、携帯電話事業者が新規に提供する第3世代携帯電話端末については、原則としてGPS測位方式による位置情報通知機能に対応する」としている。今後、生産者がGPS付携帯電話を活用して木材トレーサビリティに取組むことが出来れば、地域材に関する情報を消費者が携帯電話を介して容易に入手できるコンパクトなシステム構築が可能になると考えられる。

5. まとめと今後の課題

実証実験を通し、以下の3点が明らかになった。

1点目は、手軽な方法で地域材情報を蓄積するためには、流通課程にあったIDタグを選択することで必要な情報が正確に迅速に伝わることが明らかになった。このことは、現段階で多くの既往研究の中で指摘されているRFIDの価格の問題を解決する。地域材住宅運動を促進するためには、必要な情報が正確に迅速に伝わることの重要性である。勝山典一22)らが指摘する「同時並行検討関係」が生まれ、リードタイムを縮めることを可能にすることで、木材トレーサビリティを行うことで小規模な事業体でも容易に実現しうることを確認した。必要な情報の優先順位を聞くと、それぞれの立場で異なり、特に消費者が考える節や色目などの嗜好についての要望が早い段階から生産者までスムーズに情報伝達することで、トラブルの少ない家づくりが可能になった。消費者は、生産者との顔の見える関係から品質情報や木材流通価格の見える化により安心感を得ていた。従って、木材トレーサビリティに取組むことは、共通認識を構築する上で有効であるといえる。また、林業家の場合、搬出された地域材の評価は、これまで市場の木材価格の評価しかなく、建築の実態を踏まえた森林管理につながる情報は有益である。製材や流通に関しては、繋ぐ役割を担っている立場であるため外部情報よりも在庫管理など内部情報を必要としている。工務店や設計士は、設計に必要な含水率、強度といった数値情報と地域材の長さについての情報を必要していることが明らかとなった。

2点目の蓄積する地域材情報の信用性を担保する仕組みづくりついてはIDというナンバリングから生産履歴を参照できることで、消費者に対して生産者が自身を持って地域材の品質について説明が出来るため、地域材の信頼性を向上させる有効なシステムとして機能することが示唆された。また、森林関係者には、これまでの経験に頼った森林管理から製品になった時の品質情報を知ることで、森林計画へのフィードバックが可能となり、生産意欲を高めることが期待できる。さらに、地域材という自然素材の個体差からくる不安定さに対して、個体情報を提供することは設計者や工務店への有効な設計情報ツールとして役立つことも期待される。

3点目には、蓄積した情報を利用しやすい仕組みづくりについては、今後、よりリアルタイムに正確な情報共有を図る仕組みづくりを行うことで、地域材一本ずつの価格決定の過程が明確になり、適正な価格の回復につながると思われる。大規模な市場流通とは異なる地域材の流通というオルタナティブな流通での価格の適正化は、林業を復活させ、植林、除伐、間伐などの健全な森林管理や経営を生み出し、森林の多面的な機能の向上に寄与すると考える。今後、木材トレーサビリティを通した地域材住宅の取組みは、地域材情報の蓄積を促進し、それぞれの生産者の経験をデータベース化することを通じて、次世代の持続可能な森林づくりに貢献すると考えられ、その手法について、今後の研究課題としたい。

 

トレーサビリティが明確な点については地域材の活用も視野に入れてみてはいかがでしょうか。地域産の広葉樹のコナラ材を使用した事例をご紹介させて頂きます。

 

地域産コナラ材を利用したフローリングボードの開発

山田範彦

 

1 緒   言

地域の民有地において、コナラ,アベマキ(クヌギ),クリ等の広葉樹資源が豊富に存在する¹⁾。以前は薪炭材,シイタケ原木等に利用されていたが現在の利用は僅かであり、高齢林化による萌芽能力の低下や病虫害の被害等によってこれらの森林は荒廃しつつある²⁾。森林の健全化のためにこれら広葉樹材の利用を進めることが必要となってきている。このなかではコナラ材の蓄積量が最も多い³⁾。スギ材と比較して,コナラ材は曲げ強度,表面硬さおよび耐摩耗性に優れている⁴⁾といわれており、家具用材や床材としての利用可能性が示唆される。しかし,通直な素材丸太が造材しにくく,成長応力による挽き曲がりや乾燥による変形が大きい。また,乾燥し板材として使用した際,温湿度変動に伴う含水率変化よるそり,ねじれおよび幅ぞりが大きいため,付加価値の高い利用にはこれら欠点の改良が必要である⁵⁾。そこで,コナラ材を短尺のラミナ(例えば長さ1000mm以下)にして乾燥し,積層接着した後,接着方向に直交するように薄板材を切り出して合板に貼付けてこれらの難点の改善を図り,地域産コナラ材を利用した高付加価値な内装材,特にその特性を生かしたフローリング材の開発を試みた。その結果について報告する。

 

2 実   験

2.1コナラ材の材質

2.1.1 曲げ強度と容積密度の半径方向分布 成長の差がある2林分(約50年生で胸高直径が目通り約60cmおよび約80年生で同じく約50cm)からそれぞれ材質測定用試験原木を採取した。これを半径方向の材質および曲げ強度分布を測定する供試材として用いた。これらの原木丸太の長さ方向の中央部分から,直交する4つの半径方向上に,10(R)×10(T)×160(L)mmの試験体を中心から樹皮隣接部まで連続して採取した。試験体の体積と重量を測定した後,スパン140mmで試験体の樹皮側から中心側に荷重をかけて3点中央集中荷重の曲げ試験を行い(各箇所6本),曲げ強さおよび曲げヤング係数を求めた。調湿すると試験体の変形が大きかったため,試験は生材状態(含水率約80%)で行った。試験終了後,それぞれの試験体について全乾にして容積密度を測定し,コナラ材の曲げ強度および容積密度分布(半径方向)について求めた。

2.1.2 表面硬さ(ブリネル硬さ)供試原木から曲げ強度ならびに容積密度測定用試験体を採取した残りの部分より,40mm(R)×40mm(L)×20mm(T)の表面硬さ試験体を採取し,JIS Z 2101-2009⁶⁾木材の試験方法の硬さ試験に準拠して本研究で開発するフローリング材の表面となるコナラ材まさ目面(半径方向,プレーナ仕上げ)の表面硬さを求めた。測定後,各試験材の比重(気乾状態)を求め,表面硬さと比重の関係を検討した。

2.2集成薄板の製造

コナラ材において,半径方向と比較して接線方向の平均収縮率はかなり大きい。また,ナラ類の材において主にまさ目面に表れる放射組織(虎斑)は美的価値がある⁷⁾。したがって,まさ目面ができるだけ表面となるようFig.1に示す木取り,積層接着および集成薄板の切り出しを試みた。

材質測定用試験材を採取した林分とは異なる場所から得た末口径250~300mmで,長さ約2000mmのコナラ原木から,35mm(半径方向)×85mm(接線方向)×約2000mm(長さ方向)のラミナを採材した(Fig.1(a))。このラミナを長さ900mmの2本に横切りし,一方はIF型乾燥機を用い,乾燥初期は温度40℃,関係湿度80%,乾燥終了時は同70℃,同30%のFig.2に示す約20日間のスケジュールで乾燥した(中温乾燥)。残りの一本は,天然乾燥を想定して約2ヶ月間室内に静置した(天然乾燥)。両方とも推定含水率が20%を下回った時点で乾燥を終了した。乾燥終了時,ラミナのそり,曲がりおよびねじれを測定し,乾燥方法による変形の差を測定した。乾燥後,モルダー切削加工により厚さ30mm,幅80mm,長さ900mmのラミナを作製した(Fig.1(b))。

次に,このラミナを水性ビニルウレタン接着剤(光洋産業(株)製,KR_134,主剤/架橋剤:100/15(重量部))を塗布量250g/m²で片面塗布した後,10枚重ね合わせて,圧締圧0.981MPaで4時間プレスして厚さ約80mm,幅約300mm,長さ約900mmの積層ブロック(Fig.1(c)),を作製した。25℃で1週間養生した後,積層方向にバンドソーにより切り出し(Fig.1(d)),プレーナで両面を鉋削して厚さ3mmに仕上げ,幅約300mm,長さ約900mmの薄板(コナラ集成薄板)とした。

2.3 スギ合板との複合化

コナラ材は高比重で寸法安定性に劣るが,強度特性や表面の化粧性が優れている。一方スギ合板は強度特性や表面の化粧性に劣るが,比重が低く寸法安定性が高い。よってそれぞれの欠点をお互いの長所で補完することを目的として,スギ合板の表面にこのコナラ集成薄板を貼付した(コナラ集成薄板-スギ合板複合板材,以下複合板材と呼ぶ)。水性接着剤を用いるとコナラ集成薄板におけるスギ合板との接着面が膨張し,それによって複合板材が幅ぞりしたため,一液性ポリウレタン接着剤((株)オーシカ社製 UR-145)を約500g/m²塗布して貼付した。

スギ合板表板の繊維方向とコナラ集成薄板の繊維方向を平行して貼付するとスギ合板の曲げ強度の効果的な向上が図れるが同じく直交して貼付した場合と比較して幅ぞりが生じやすいことも考えられる。そこで,直交して貼付したもの(V複合板材),平行して複合したもの(P複合板材)およびP複合板材の寸法安定性向上のために裏側にコナラ集成薄板繊維方向がお互いに直交するように裏側にコナラ集成薄板をもう1枚貼付したもの(PV複合板材)の3種類を作製し,曲げ強度と寸法安定性(幅ぞり)を測定して,合理的な複合化を検討した。

2.3.1 曲げ強度 厚さ9mmで5プライのスギ合板(構造用合板2級)に厚さ3mmのコナラ集成薄板を貼付けて,厚さ12mm(PV試験体は15mm)とした複合板材を作製した。この複合板材から幅50mm,長さ300mmとした曲げ試験体を作製し,スパン260mm

の3点中央集中荷重で曲げ試験を実施し,複合板材の曲げ強さを求めた。なお,試験体のスパン(長さ)方向は,両P,V,PV複合板材いずれも表板(コナラ集成薄板)の繊維方向(PV複合板材については上側(圧縮側)が繊維方向とした。

2.3.2 寸法安定性(幅ぞり)厚さ9mm(5プライ),350mm×350mmのスギ合板に厚さ3mmのコナラ集成薄板を貼付し,P,V,PV複合板材3種類を作製した。これらの複合板材を温度40℃,関係湿度30%で3日間,同40℃,同90%で3日間静置し,Fig.3の矢高測定器を用いて,各複合板材のFig.4に示す箇所の含水率変化に伴って発生する幅ぞりを測定し,複合方法による寸法安定性(幅ぞり)の差異を検討した。

2.3.3 摩耗量 厚さ9mmのスギ合板にコナラ集成薄板を貼付し,厚さ12mmとした複合板材の任意の部分から,一辺約50mmのほぼ正六角形の試験体を切り出し,(株)安田精機製作所製テーバーアブレーションテスターNo.101を用いてフローリングのJAS摩耗A試験⁸⁾を行い,複合板材の摩耗量を測定した。

 

4  結   言

コナラ材は高比重で挽き曲がりや乾燥による変形が大きい。一方,スギ合板は低比重であるが強度特性が劣る。そこで,コナラ材を短尺(例えば長さ1000mm以下)のラミナにして乾燥し,積層接着した後接着方向に直交するように薄板材を切り出し,スギ合板に貼付けて高付加価値なフローリング材の開発を試みた。その結果は以下のとおりである。

(1)コナラ原木において,髄付近の容積密度は約0.7g/cm³と高く,髄と樹皮のほぼ中間から減少し,樹皮付近では約0.6g/cm³となった。

(2)曲げ強さおよび曲げヤング係数は,髄付近でそれぞれ約70MPa,5GPaで,樹皮に向かうのに従い曲げヤング係数は増大し,最大約8.5GPaであったが曲げ強さはほぼ一定であった。曲げヤング係数がほぼ一定となる部位と容積密度が低下し始める部位はほぼ一致していた。

(3)コナラ材の気乾密度が大きくなると表面硬さ(ブリネル硬さ)も大きくなった。ブナ材およびチーク材と比較して密度も高いが表面硬さも大きくなった。

(4)初期の乾燥速度が小さかったため,中温乾燥(70℃)に比べて天然乾燥では約3倍の乾燥期間を要した。しかし,乾燥終了時の曲がり,そりおよびねじれは中温乾燥の方が大きくなった。

(5)厚さ9mmのスギ合板に厚さ3mmのコナラ集成薄板を貼付することによって,曲げヤング係数が1.2~2.2倍,曲げ強さが1.3~1.7倍位になり,さらにその複合板材の裏側にコナラ集成薄板をお互いの繊維方向が直交するように貼付したものは曲げヤング係数がさらに1.3倍,曲げ強さが同1.1倍になった。

(6)スギ合板の表裏にコナラ集成薄板の繊維方向を直交するよう貼付したものは,温湿度を変化させた時ほとんど幅ぞりが発生しなかった。

(7)JAS摩耗試験による複合板材の摩耗量は,チーク材の約半分,ブナ材の約75%であったことから,この複合板材の耐摩耗性は高いことが示唆された。

 

 

針葉樹赤松の厚板を断熱君津住宅に内装材に使用した際の研究もおこなわれています。

 

日本建築学会環境系論文集 第77巻 第682号,967-976,2012年12月
厚板赤松の温湿度特性を利用した断熱気密住宅の室内環境解析
李 明 香*,尾 崎 明 仁**

1.はじめに

建築施工技術や空調機器効率の向上により,最近の住宅は室内熱環境の改善および暖冷房負荷の低減を目指して断熱気密化されている。また,次世代省エネルギー基準および住宅性能表示制度の施行,ならびに温室効果ガス排出量の削減を目的とした京都議定書の発効により,住宅の断熱気密は省エネルギー対策としてますます促進されている。しかし,暖房時に室内は乾燥しがちで,目・鼻腔・咽喉の乾燥,インフルエンザウイルスの繁殖,アレルギー症状(アトピー性皮膚炎等)など,低湿環境に起因する健康障害が報告されている1)。住宅室内は冬季暖房時には乾燥し,夏季には高湿化することが頻繁であるにも係わらず,住宅を対象とした室内温湿度の指針はない。一方で,商業用施設やオフィス等の特定建築物を対象とした建築物環境衛生管理基準2)では,室内温湿度を17℃~28℃,40%~70%に規定している。

本研究では,厚板赤松を内装材に使用し,その温湿度特性(蓄熱・調湿)を利用して室内の恒温恒湿性能を高めた断熱気密住宅の居住環境について解析する。まず,湿度応答法と温度応答法を用いて厚板赤松の吸放湿性能について試験する。次に,戸建住宅の実測調査および数値シミュレーションにより,厚板赤松を使用した断熱気密住宅の室内温湿度環境について検討する。

2.吸放湿性能試験

湿度応答法(JIS A 1470-1)と温度応答法(JIS A 1470-2)に則り,厚板赤松の吸放湿性能試験を行う3),4)。

2.1 試験方法

図1と図2に,湿度応答法の試験概要と環境試験室の温湿度条件を示す。湿度応答法は,風防を設けた環境試験室に試験材料を暴露し,温度一定条件の下で湿度を周期的に変化させて,試験材料の重量変化を測定することで湿度励振に対する吸放湿性能(単位面積当たりの3・6・12時間の吸湿量注1)を評価する方法である。JIS A 1470-1は,相対湿度を基準にして3つ励振条件(低湿域30%~55%,中湿域50%~75%,高湿域70%~95%)を規定しているが,ここでは常湿条件を想定して中湿域で試験を行った。環境試験室の温度は23.0℃一定である。相対湿度を12時間毎に50%と75%にステップ変化させ,試験材料の重量を電子天秤により測定した。試験材料の寸法は,縦250mm×横250mm×厚30mmである。試験材料は側面と裏面をアルミ箔で断湿し,試験開始前に恒量となるまで養生している。

図3と図4に,温度応答法の試験概要と環境試験室および模型箱の温湿度条件を示す。温度応答法は,断湿された模型箱の中に試験材料を設置し,模型箱周囲(環境試験室)の温度を周期的に変化させることで模型箱に温度励振を与え,模型箱内の容積絶対湿度の変化を測定して温度励振に対する試験材料の吸放湿性能(容積絶対湿度と温度の変化量の割合から算出される温度応答吸放湿量注2))を評価する方法である。模型箱は内径300mm×300mm×300mmのアルミ製で,気密・断湿された構造である。試験材料を設置する床部位のみフォームポリスチレン100mm(アルミ箔仕上げ)で断熱されている。試験材料の寸法は,縦100mm×横100mm×厚30mmである。試験材料は側面と裏面をアルミ箔で断湿し,試験開始前に模型箱内および試験材料が恒量なるまで養生している。環境試験室の温度は,24時間を1サイクルとして,正弦波で22.5℃を中心に15℃の振幅で変動させる。4サイクル目の測定値を結果として用いる。

2.2 試験結果

図5と表1に,湿度応答法の測定結果(環境試験室の温湿度および厚板赤松の吸放湿量)を示す。温度23.0℃,相対湿度50%で恒量となるまで養生し,湿度のみ12時間毎に50%RHと75%RHにステップ変化させた。吸湿量に比べ放湿量が少ないため厚板赤松の保水量は徐々に増加している。50%RHから75%RHにステップ変化したときの3,6,12時間の吸湿量は順に8.3~10.1g/m2,10.5~13.6g/m2,15.8~18.7g/m2で,調湿性能評価基準では等級1未満となる。

図6と表2に,温度応答法の測定結果(模型箱内の温湿度および温度応答吸放湿量「m値」)を示す。模型箱を開放して温度22.5℃,相対湿度50%で試験材料が恒量となるまで養生し,その後に模型箱を密閉して温度のみ24時間サイクルで変動させた。4サイクル目における各時刻(1分間隔)の温度θ℃,容積絶対湿度νg/m3と,それらの日平均値θ(ー)℃,ν(ー) g/m3との差(絶対値)の日積算は,それぞれ653.80℃,218.20g/m3である。これらの比を材料面積で除して,さらに模型箱の容積を掛けたm値は0.90g/(m2・℃)であり,調湿性能評価基準では等級3となる。厚板赤松は,温度変化に対する調湿性能に優れることが分かる。

 

6.むすび

本研究では,湿度応答法と温度応答法による吸放湿性能試験,戸建住宅の温湿度測定,および数値シミュレーションにより,厚板赤松を内装材(壁・屋根は30mm,床は30mmの2枚重ね)に使用し,蓄熱と調湿の機能を利用して室内の恒温恒湿性能を高めた断熱気密住宅の温湿度環境について検討した。得られた結果を以下に列記する。

1)湿度応答法(JIS A 1470-1)と温度応答法(JIS A 1470-2)の調湿性能評価基準に則り,厚板赤松の吸放湿特性について測定した。厚板赤松の性能はそれぞれ等級1未満,等級3となり,温度変化に対する調湿性能に優れることを明らかにした。

2)厚板赤松を内装材に使用した戸建住宅(兵庫県明石市と加古川市に建設)において室内温湿度を通年に亘り測定した。温度は16℃~32℃,湿度は40%~70%の範囲を緩やかに変動し,恒温性と恒湿性に優れることを示した。

3)熱・水分・空気連成を考慮した建築温湿度・熱負荷の動的計算ソフトTHERBを使用して,湿度応答法,温度応答法,戸建住宅のそれぞれに対して数値計算を行った。計算値はいずれも実測値をよく捕捉し,THERBの高い計算精度を確認した。

4)数値シミュレーションにより,内装材を厚板赤松または石膏とした住宅の室内温湿度を比較した。赤松仕様は,蓄熱と調湿の作用により,石膏仕様に比べ室内温湿度の変動が緩やかになる。ただし,赤松仕様でも吸放湿のある条件では,室内湿度を梅雨季75%以下,冬季暖房時50%以上に保つことが可能で,梅雨季の高湿化および暖房時の過乾燥を緩和できることを明らかにした。

国産針葉樹については造林面積が最多のスギ材についても様々な研究がおこなわれています。スギの角材やスギの合板を用いてパネルを用いて床衝撃音を測定すした研究もおこなわれています。

 

[木材学会誌 Vol.56,No.2,p.93-103 (2010)]木質3層構造材の遮音性能 (第2報)

3層床の床衝撃音レベル

中村哲男,矢野 隆,村上 聖,長谷川麻子,

江藤留寿,高橋優樹,北原良誠

本研究では,スギ角材およびスギ合板等を用い,フローリングと270mmのサンドイッチパネルで構成される3層床構造の床衝撃音レベルをJIS A 1418-1,JIS A 1418-2,およびJIS A 1419-2により計測・評価し,在来工法で作られた床構造と比較した。結果を纏めると以下のとおりである。(1)3層床構造の軽量および重量床衝撃音遮断性能は在来工法床構造よりも優れていた。(2)上部空気層をゴムで支持した3層床構造はさらに軽量床衝撃音遮断性能が高かった。(3)桁材間隔を433.5mmから289mmに狭くした場合,曲げ剛性が増加し重量床衝撃音遮断性能は向上した。(4)桁材間隔が433.5mmの床構造にCFRPプレートを貼り付けると,重量床衝撃音遮断性能は向上したが,桁材間隔が289mmに狭くした場合ではCFRPプレートを貼り付けても曲げ剛性が増加しないため,重量床衝撃音遮断性能は向上しなかった。

1. 緒    言

過密化した居住環境において,生活様式が多様化する中で,生活の質的向上を図りたいという欲求が高まってきたこと,あるいはプライバシーを尊重する考え方が日常生活の中に定着したことによって居住環境における遮音への関心が高まっている1,2)

そのため、床衝撃音を低減させるための住宅工法や建築材料の開発の研究3-9)のほか、タイヤの落下やタッピングマシンによる床衝撃音に対する生理的,心理的応答に関する研究も行われている10-13)。 一方,建築活動にかかる温暖化ガスの実質的な削減を検討するためにも、設計階段で建築物のライフサイクルを考慮した,資源循環型社会に相応しい建築材料の開発が求められてきている14)

本質系建築材料はそれに合致する材料であるが,建築物の部材構成が複雑であり、各部材の物性値のばらつきも大きい。また,力学的連続性も曖味であるため,壁材の音響透過損失や床材の軽量床衝撃音,重量床衝撃音の低減効果を検討する上で,理論的取り扱いは非常に難しい。したがって,対策方法や予測方法を検討する上では,実大モデルによる実験に依存するところが大きい。

筆者ら15)は,生活環境の質を向上させることを目的として,上述のような循環系素材を用いた建築用壁材を開発し,材料の組み合わせから考えられる3層壁構造の遮音特性について検討した。本研究では前報と同様に,循環系素材である木材と再生ゴムを用いた建築用床材および床の剛性を高めるためにCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics)プレートを貼り付けた床構造を試作した。ここではこれらの材料の組み合わせから考えられる3層床構造の軽量床衝撃音及び重量床衝撃音遮断性能を測定した結果について報告し,実用的資料として供する。

 

2. 実    験

2.1 材料

床材はTable 1に示す在来工法床構造と3層床構造である。在来工法床構造は住宅金融公庫の「木造住宅工事共通仕様書」に示されている仕様16)から火打ち貼りを省略したものである。重量床衝撃音は,建築物の構造体の剛性と質量によって,その伝搬特性が決定されるといわれている17)。そのため,特に重量床衝撃音レベルの改善手法は枠組壁工法住宅や工業化住宅を中心に,床及び下階壁面などの高剛性化5,6,18)や,質量付加8),制振板を用いた方法19)等が検討されている。

本試験体は構造用パネルを3層構造にすることにより剛性の向上と,通気性を持たせた再生ゴムタイヤチップによる緩衝効果を付与した構造としている。3層床構造は,上部空間の支持3条件(角材60mm×60mm,空隙率37%と33%の多孔質ゴム),下部空間の支持2条件(構造Ⅰ:43mm×240mmの桁間隔が433.5mm,構造Ⅱ:桁間隔が289mm),炭素繊維(CFRP)プレート補強の有無2条件の合計12条件である。多孔質ゴムは自動車用タイヤを粉砕し篩い分けてチップ化した粒子を選別し,空隙率を37%と33%で台形状に整形したものである。CFRPプレートは厚さ2mm,面積100×1400mmであり,床の剛性を上げるために,Fig.1に示す試験体下面に貼り付けた。曲げ引張り側の床パネル合板表面をサンドペーパーで研磨後,床パネル表面及びCFRPプレート面に150g/㎡のエポキシ樹脂を塗布して圧着して貼り合わせた後,20日間養生した。なお,CFRPプレートの引張強度は1200N/mm2,引張弾性率は450kN/mm2である。本来,CFRPプレートは,RC梁などで引張よりも圧縮耐力が低いが,施工性などの兼合いより引っ張り側に用いた。

2.2 床衝撃音遮断性能試験

測定に使用した熊本大学の残響試験室は,上下一体構造で,24cm厚のコンクリートスラブに2m×3mの開口部を持ち,上部第1残響室(179m3)と下部第2残響室(98m3)の2室で構成されている。その開口部に測定用床構造(幅910mm×長さ1820mm×3枚)を設置した。

供試床構造は,Table 1に記載する条件で Fig.1に示す構造に組み立てて,3層床構造としたものである。これらの隣り合う試料どうし及び開口部との間に隙間が生じないよう油粘土で目張りをして,タッピングマシン(軽量床衝撃音:リオン(株)社製FⅠ-01型)及びバングマシン(重量床衝撃音:リオン(株)社製FⅠ-02型)によって衝撃を与えた。衝撃を与えた場所は,桁材上と桁材間では床衝撃音レベルに差が生じるために,3枚並べた試料の対角線を通る桁材間の中央部とした。すなわち,桁材間隔433.5mmの場合,3枚並べた試料の対角線の中点では桁上が加振点となるため,中央の桁と片側の桁との中間とし,桁材間隔289mmの場合では3枚並べた資料の対角線の中点とした。ここで発生した衝撃音を第2残響室に床面より高さ1.2mに設置した5個のマイクロホンで受音し,多チャンネル分析処理機(リオン(株)社製 SIGNAL ANALYZER SA-01)を用いて1/3オクターブ周波数分析を行った。この場合の試験用床板,マイクロホンによる受音位置および衝撃音発生装置の位置をFig.2に示す。

なお,軽量床衝撃音遮断性能の測定方法はJIS A 1418-1に,重量床衝撃音遮断性能の測定方法はJIS A 1418-2に準拠して行った。供試床構造の床衝撃音遮断性能はJIS A 1419-2により,1/3オクターブバンドごとの測定値を基に,重みつき床衝撃音レベル,床衝撃音等級,および逆A特性重みつき床衝撃音レベルを求めて評価した。

2.3 曲げ性能試験

3層床構造の曲げ剛性を評価するため,中空層を支える素材を60×60mm角材とした構造材No.2とNo.8ならびにそれらに炭素繊維プレート補強を施した床構造(No.3とNo.9)の4種類の床構造について試験を行った。載荷方法は,スパン長1600mmの3点曲げ載荷とした。なお,緩衝ゴムは曲げ剛性,曲げ耐力に関係しないと考え,緩衝ゴムを用いた床構造の曲げ性能試験は実施していない。この結果をTable 2に示す。

4. 結    論

厚さの異なるスギ構造用合板を表面材,中心材,裏面材に用いて,上部空気層の支持材を変えた3層床構造を試作し,在来工法床構造と遮音効果を比較した。結果を要約すると,次のとおりである。

1. 軽量床衝撃音遮断性能は,下部空気層の桁材間隔が433.5mmの場合,在来工法床構造よりも60×60mmの角材で上部空気層を支持した3層床構造がよく,上部空気層をゴムで支持した3層構造床はゴムの持つ衝撃緩衝効果が加わりさらに向上する。

2. 軽量床衝撃音遮断性能は,下部空気層の桁材間隔が289mmの場合,上部空気層の支持材料によって桁材間隔433.5mmの場合ほど明瞭な違いは見られなかったが、角材で支持するよりもゴムで支持した方がゴムの弾性によって軽量衝撃時の衝突時間が長くなり,衝撃時のピーク値が下がることから一貫して遮音性能はよい。

3. 軽量床衝撃音遮断性能は,下部空気層の桁材間隔が289mmの場合,上部空気層を角材で支持する3層床構造にCFRPプレートを貼り付けると,曲げ剛性が低下したためか向上した。その他の場合においては明確に改善されなかったが,低下することはなかった。

4. 軽量床衝撃音遮断性能は,下部空気層桁材間隔を433.5mmから289mmに狭くすると,上部空気層を角材で支持し,CFRPプレートを貼り付けた床構造だけに改善が見られたが,その他の場合には低下した。これらについては桁材間隔を短くしたことで曲げ剛性が向上し,軽量床衝撃緩衝効果が低下したためと考えられる。

5. 重量床衝撃遮断性能は,下部空気層の桁材間隔が433.5mmの場合,上部空気層の支持材料に角材,緩衝ゴム1,緩衝ゴム2いずれの素材を用いても在来工法床構造より質量,剛性が増加することなどから,向上した。

6. 重量床衝撃遮断性能は,下部空気層の桁材間隔が433.5mmの場合,上部空気層の支持材料として角材,緩衝ゴム1,緩衝ゴム2いずれの素材においても,CFRPプレートを貼り付けると向上した。ただし,角材にCFRPプレートを貼り付けたものは曲げ剛性が低下しているにもかかわらず,重量床衝撃遮断性能が改善していることから,その原因をさらに検討する必要がある。

7. 重量床衝撃遮断性能は,下部空気層の桁材間隔が289mmの場合,上部空気層の各支持材料として角材と緩衝ゴム1のいずれもCFRPプレートを貼り付けると低下し,緩衝ゴム2では変化しないなど,CFRPプレート貼り付けによる効果は見られなかった。

8. 重量床衝撃音遮断性能は,上部空気層の支持材料として角材,緩衝ゴム1,緩衝ゴム2いずれの場合も,桁材間隔を433.5mmから289mmに短くすると,空隙率33%の緩衝ゴムを用いた場合を除いて床構造の曲げ剛性の増加により改善が見られた。

 

最近では、UR賃貸が内装を自由に変更できる物件を売り出したりしているようですが、その際にも内装木質化は多く見受けられ、セルフリノベーションされる入居者も居られるようです。セルフリノベーションの特性も研究されているようです。

 

日本建築学会計画系論文集 第81巻 第720号,259-269,2016年2月

DOI http://doi.org/10.3130/aija.81.259

 

住み手からみたセルフ・リノベーションの特性と有効性

賃貸共同住宅におけるセルフ・リノベーションの評価 その1

西野 雄一郎,横山俊祐**,徳尾野 徹***

Keywords : セルフ・リノベーション,賃貸共同住宅,特性,有効性,改修

 

1.はじめに

1.1 研究背景・目的

環境への配慮や持続型社会の構築を背景として、老朽化や機能の陳腐化が進んだ建物を長期的に使い続けることの意義がますます高まっている。共同住宅に関しては、高度成長期に建設されたマス・ハウジングを中心に、建替えから再生への移行が顕著である。共同住宅の再生事業の多くは、事業者・専門家が主導して計画づくりを進めるトップダウン型であり、今日的な住要求に対して内装や間取りの現代化、バリアフリー化などの標準化された手法によって、結果的に画一性が再生産されている状況が窺われる。マスハウジングからの脱却が求められて久しいものの、供給の論理に基づく「他律・標準・(計画と使用の)分離」の枠組みは依然として保持されたままである。多様なサスティナブルハウジングの考え方があるが、その一つは、単に住まいをストックとして活用するに留まらず、住まいづくりの理念・方法的な枠組みをマス・ハウジングのそれから転換することである。

これに対して、本研究では、住み手が主体的に住空間のありようや改変の仕方について考え、自らの手によって、あるいは自らのアイデアを基に他社の手を借りて改修を実践することをセルフ・リノベーション(SR)と定義し、その特性や有効性に焦点をあてる。SRは、個々の生活に根ざした住空間を実現し、人間・環境の関係を「与えられた住まいに生活を合わせる」といった環境決定論から、「自らに相応しい住まいを自ら創り出す」相互浸透論へと転換するものである。またSRは、暮らしながら必要に応じて随時、継続的に住環境づくりを進める点においてサスティナブルハウジングの本質に迫るものであり、「自律・個別・(計画と使用の)一体」への枠組みの転換を図るボトムアップ型の手法である。

賃貸住宅において、原状回復義務などにより抑制されてきたSRを、近年、原状回復義務の一部免除などよって可能にしようとする動きがみられる。国土交通省は空き家の賃貸流通を促す手法としてSRに着目し、賃貸住宅でDIYを実現する契約のガイドラインをまとめ、事業の進め方、契約上注意すべき点などを整理している注1)。筆者らは、これまでに賃貸共同住宅におけるSRに向けての契約・承認など賃貸システムの整備が進み、事業性が高いことを明らかにした1)。SR可能な賃貸(SR賃貸)に向けての基盤が整いつつある状況に対して、住み手の視点からSRの目的、方法、意識などの特性やSRによる住まい方、住意識やコミュニティの変化などの実態とその有効性を明らかにすることが必要だと考えられる。加えて、住み手は、貸し手のための賃貸契約、運営や住戸の空間条件をいかに評価しているかを明らかにすることも必要となろう。

そこで、本研究は、住み手の視点からSRの実態と特性を実証的に解明すること、SRの有効性を明らかにすることを目的とする。その上で、住み手と貸し手の双方にとって負担・問題のないSRを促進し、質の向上を図る効果的なソフト・ハードの要件を解明する。

賃貸共同住宅における住み手主体の住環境づくりに焦点をあてた既往研究には、沢田2)、高田3)らによる予め空間的な可変性が仕組まれた住宅に関するものや、リフォームメニュー制度によるSRの実態を明らかにした藤本の研究4)がある。初見5)や鈴木6)は、実験的改修により、RC造の公的賃貸共同住宅におけるSRが実践的にも可能であり個別の住空間を創造し得ることを示しているが、SRの普及という点ではその成果は限定的である。これまでは予め計画されたソフト・ハードの計画技術によってSRが実現される事例を対象としてきたのに対して、公共・民間を問わず一般に普及している賃貸住宅においてSRを実現しようとする点に、本研究の特色がある。

1.2 調査方法

Web検索注2)によって確認したSR可能な賃貸共同住宅から調査対象12事例を抽出した(表1)。調査対象は、都市から郊外まで多様な立地であり、築後30~50年が経過し、空き家の増加や建物の老朽化対応としてSR賃貸が開始されたものである。基本的には、総戸数は10~60戸程度、構造はRC造である。貸し手(大家・管理者・仲介業者・企画設計者)に対するヒアリング調査から、SR賃貸のソフト(契約、SR許可条件など)・ハード(住戸の空間条件、SR可能範囲など)の条件を把握した上で、28世帯の住み手に対して戸別訪問調査を行った(2013年11月~2014年12月)。住み手へのヒアリング調査により、住み手の属性、入居経緯、SRに対する考え方やきっかけ、SRのソフトとハードの条件に対する評価、住まいへの意識(愛着・自信・メンテナンス意識など)の変化、環境評価(近隣関係、団地内の活気、住み心地など)等を把握し、時系列に配慮しながら、SRの実施部位、内容や施工方法などの改修実態を、図面採集や写真撮影によって把握した。

 

2.SR賃貸のソフト・ハードの特徴

2.1 SR承認に至るプロセス

SR賃貸では、一般的に、住み手がSR実施前に貸し手に対して改修の承認を得ること(改修承認)により、自由なSRが可能となる。事例毎に方法は異なるが、改修承認に際して住み手が行なう改修申請などのプロセスを示す(表1)。

1)入居時の面接

入居する際に、大家、管理者や企画設計者などの貸し手と入居希望者の間で面接が行なわれる(【NI】【ME】【YO】)。面接は、SRに関する最低限の注意事項の説明、互いに顔を知ることで遠慮がなくなりSRの申請しやすさにつながる等の趣旨で行なわれている。面接の際に、入居希望者の計画するSRの内容やSRへの意欲などを確認し、単に壁を壊す行為を楽しみたい住み手やSRに消極的な住み手の入居を断ることが行なわれており、不適切なSRを抑止し、活発なSRを促す機会としても捉えられている(【YO】)。

2)入居前改修の相談

一部の事例では、入居前に、住み手がSRの内容や方法・箇所に関して貸し手と相談する機会が設けられ、貸し手がSRへのイメージを喚起し、意欲を高め、活発なSRを促すようなアドバイスがなされる。相談の後に、住み手の希望する間取り・仕上げ・設備などを反映した入居前改修が実施される。改修費用は、貸し手が全部(【YO】【CN】【SD2】)あるいは一部(【ME】)を負担し、施工は、貸し手や専門業者が住み手と協働(【YO】【ME】)、あるいは専門業者単独(【CN】【SD2】)により実施される。

3)改修承認

改修承認は、住み手が改修の申請を行ない、承認主体(貸し手)が申請内容を確認して実施の可否を判断するといった手続きにより進められる(表1)。但し、【YO】では入居前改修の相談の際にSRに関する注意事項の説明を行なっていることなどから、改修承認なしで自由に入居後のSRを行うことが認められている。改修申承認には、①住み手が貸し手に口頭(【GB】)やメール(【ME】)でSRの内容を説明する、②住み手が管理会社とSRの内容や方法について協議し、管理会社単独、あるいは住み手と協働でのSRが求められる(【SD】)、③住み手がフォーマット図面にSRの内容や部位を記入して申請を行なう(【NI】【HA】【UR】【CN】)方法がある。【NI】【HA】【CN】【GB】では、釘打ちやペンキ塗装など比較的簡便なSRの場合には、改修承認を不要とする取決めがある。

4)退去時の取り決め

承認を得て行なったSRは、退去時の原状回復義務が免除される。退去時に、改修承認を行なった内容と退去時の状態が異なる場合は、承認を得た通りの内容への回復、未承認で行なった内容は原状への回復が原則として求められる。

2.2 空間条件

1)SR可能範囲

SR実施可能な部位(SR可能範囲)は、床・壁・天井が12/12例、電気・水回り設備が7/12例である。躯体および共用部は全事例で認められていない。設備改修などの専門性や安全性が求められる部位は予め除外される、もしくは専門業者の施工が求められるなど、建物の性能を保持することが図られている。

2)入居時の空間状態

入居時の空間状態は4つに分類できる。①0型:専門業者や住み手による改修の手が全く入っていない現状での提供である。②Rh型:契約前に、予め貸し手によって、住戸性能の向上を図る目的で間取り・仕上げ・設備などの改修(事前改修)が施されている。SRを行なうにあたっての仕上撤去といった手間・負担を軽減するために、床・壁・天井の下地のない躯体現しの状態あるいは下地剥き出しの状態である。③Rp型:SRが住み手の負担にならにように、事前改修によって間取りの現代化が行なわれ、かつ一部の仕上げのみが下地状態で留められている。④Rf型:事前改修によって新築と同様に床・壁・天井が仕上げられている。

 

3.SRの実態と特性

SRの主体である住み手に焦点をあて、居住者属性、入居経緯、SRの経験、SRに対する考え方、SRの実施部位、内容や施工方法などの改修実態、住み手のSRに対する意識や取り組み方の特性を明らかにする(表2・表3:本文中の〈1〉〈2〉…は表2の意見番号に対応。

3.1 住み手の概要

1)属性

住み手は単身世帯が12/28例、複数人世帯が16/28例であり、40代以下の若い世帯が27/28例と殆ど全てを占めている。また、大工・左官工・建設業・建築設計、建築関連事務、プロダクトデザインなどの建築やモノづくりに従事する世帯が11/28例を占めており、SR賃貸は、SRに関連する職種に対する吸引力を備えている。

2)入居経緯

SR可能であることが入居のきっかけに影響いている住み手には、これまでの「壁に画鋲をさすこともできない」といった原状回復義務に対する不満から自由に手を加えられるSR賃貸を志向するもの、さらには、SRに対する憧れからの入居〈1〉、「引っ越す際にリノベーションを重点的に探す」や「内装も自分で仕上げたいとの願望」など、SR賃貸住宅に出会う前からSRに対する強い意欲を有して入居するもの〈2〉など、賃貸住宅がSR可能であることは、入居のきっかけとなり得ている〈3〉(16/28)。少数ながらも、SRに対する関心のない、ないしは低い住み手が存在している。SR可能であることを知らずに、SRよりむしろ家賃の安さや空間の広さに惹かれて入居するものである〈4〉。他にも、SRに関心がないものの、SR賃貸化にともなって生み出された土間空間や内装仕上げのない打放しの状態など、SRから派生した空間に惹かれて入居する住み手〈5〉や、自分自身で改修することよりも、寧ろ住戸がSR可能なことに期待しての入居も見られる〈6〉など、SRに対する多様な捉え方を基にした入居が見られる。SR賃貸に対する潜在的、顕在的な志向性を有する住み手が一定数存在していることが確認できる。入居のきっかけは、SR可能であることに留まらず、SRに関連する空間の雰囲気など、多岐に渡っている。

3)SRに関する能力・経験・関心・意欲

SRの経験や能力・技術には浅いものから高いものまでバラツキが大きいが、SR実践に対する意欲や関心は総じて高い。即ち、能力や経験が浅くとも、SRに対する関心や意欲の高い住み手の存在が確認される。そのなかでも、もともとSRに関心がなかったのが、偶然であるにせよ、SR賃貸に出会ったことでSRに対する意欲を触発され、壁の撤去といった大幅なSRに至る事例もみられる。SR賃貸は、SRに対する潜在的・顕在的な需要層に対応するとともに、もともと無関心であった層に対して触発する力を有している。

3.2 SRの実態と特性

1)SRの内容

SRの内容を、部位別に詳述する。

①壁の撤去・新設:リビング・ダイニング・寝室をつなげて空間の関係性を強める(図1)、個室をつなげて空間を拡げオフィススペースへと部屋の使い方を変える(図2:【UKa】、家族人数の減少に合わせて不要になった個室をなくす(図2:【GKa】、大きな家具が納まるスペースを創る、子供の個室が閉鎖的にならないように壁に窓を設置するなどのために、壁の撤去は、行なわれる(8/28)。一方、壁の新設(9/28)は、水回りや収納スペースの確保(図1)あるいは友人同士や仕事仲間同士が同居する場合のプライベートスペースの確保(図2:【GKa】【HIn】)といった新たな空間を創出するために実施される。壁の撤去・新設によって空間を大幅に変えることで求められる、住み手個々の住要求に合わせた住まい方が実現されている。

②仕上げの変更:床(20/28)、壁(22/28)、天井(14/28)仕上げの変更は、住まいを自分好みの空間につくり変えることを主な目的として、いずれも高い割合で実施されている。床仕上げについて、変更後の床材は、インターネットで見つけた無垢板フローリング、ホームセンターで見つけた低廉な杉板〈7〉、古材の足場板、上質なタイル〈8〉など多様な種類がみられる。加えて、フローリングをヘリンボーン貼りすること(図1)や床貼り端部をモザイクタイル貼りとして難しい納まりを避ける〈9〉など、住み手の嗜好、予算、施工技術に合わせた材料の選択や内容の工夫がみられる。壁仕上げの変更では、塗装が高い割合で実施され(20/28)、ペンキ(白、青、緑、黒、えんじ色など)、黒板塗料、珪藻土など材料は多様である。その他、キッチンや間仕切壁へのタイル貼り、壁紙貼り、木板貼りもみられる。特に、ペンキ塗料は、広く普及したSR技術であり、施工が比較的容易で、好みや希望のイメージを反映しやすく、塗る楽しみもある〈10〉。また、壁やキッチンが赤く塗られた前居住者のSRを好みの薄緑色に塗り変えるなど、たとえ好ましくないSRがなされていた場合でも変えれば良いと判断して入居し、SRを気軽に進める住み手の楽観的態度〈11〉が読み取れる。

天井仕上げの変更は、壁仕上げ同様に施工が容易で、材料の種類が豊富なペンキや珪藻土などの塗装が中心である(12/28)。また、カフェのような空間をつくるために既存の天井を撤去してコンクリートスラブ現しとする事例や別荘のイメージを実現するために天井を木板貼りとする事例〈12〉など、理想を実現するために多様な仕上げの方法がとられている。壁を塗って余ったペンキで天井を施行するといった「ついでの行為」からもSRを行う部位は連鎖的に拡がり、自らの嗜好がより投影された空間が生成される。

③設備改修(11/28):契約上の制約があるものの、蛇口の取替えや電気配線の変更などの自主施工が6/11例、大家が改修費用を負担し、住み手の要望を取り入れながら専門業者単独、あるいは協働での施工が7/11例である。専門的な技術を要する内容や住戸性能に直結する内容には、専門業者に施工を依頼することで、SRの質は担保されている。一方で、天井撤去に合わせて火災警報器を撤去してしまうなど安全性を低下させるSRがみられ、建物の安全性や快適性を担保するためには、専門家との協働体制を考慮する必要がある。

④その他:棚やフックなどの設置が高い割合で実施されることがSRの特徴であり(24/28)、日常的・突発的に生じる要求に対して、軽微なSRによって随時利便性を高めている〈13〉。さらには、銘木を使ったベンチや下がり天井(図1)、真鍮製の上り框や海で拾った流木を使ったサーフボード掛けの設置、キッチン戸棚や家具の塗装・壁紙貼りなど、使用する材料や部位まで個性・自分らしさが表現されたSRが実践され、細部へとSRの関心が拡がっている〈14〉。

各世帯の主要なSRの内容をまとめると、床・壁・天井仕上げの変更を行なった25例には、壁の撤去・新設によって大掛かりな空間の改変を行う[空間改変型(12/28)]、空間の改変は行なわない[仕上変更型(13/28)]がある。また、仕上げの変更を実施していない3例には、棚やフックの取付けなどのSRを行った[造作付加型(2/28)]、SRを全く行なっていない[未実施型(1/28)]がある。

2)SRへの向き合い方

住み手は、機能面・意匠面の必要に応じて随時大幅から小幅までのSRを行っている(表2)。SRを実践する動機・目的を機能面・意匠面から分類し、住み手個々に異なるSRへの向き合い方を整理する。SRを実施していない1例を除き、機能面は、【用途改変型(4/27)】、【不便解消型(23/27)】の2つのタイプがある。【用途改変型】は、住空間を自宅兼事務所・アトリエ・ギャラリー・店舗に改変するためにSRを行うものである。既存の計画された住空間に対して、大掛かりなSRを行なうことで新たな使い方とそれに応じた空間を創出することが特徴である([空間改変型]3/4例)。【不便解消型】は、暮らしに合わせて生じる不便さを解消するためにSRを行うものであり、棚やフックを壁に設置する軽微なものから壁を撤去するもの〈15〉まで多様なSRがみられる。意匠面は、【理想実現型(16/27)】、【状況対応型(11/27)】の2つのタイプがある。【理想実現型】は、住み手個々の生活スタイルや嗜好性などに基づいて、たとえば雑誌で見たカフェの内装といった住まいに対する理想のイメージを予め持ち、それを具現化するためにSRを行う〈16〉。各部位同士の調和や全体のバランスを考えながら計画的にSRを進める点や理想の間取りを実現するために大幅な改変を行なう点に特徴がある([空間改変型]10/16例)。【状況対応型】は、内装材の老朽程度、汚れ具合、色味といった空間状況に対し、自らの好みや意図に合わない内容をSRによって変更するものである。全体の調和よりも気になる箇所だけを対象に、アドホックにSRを行なうことが特徴であり、[仕上変更型]が8/11例である。意匠性については、いずれのタイプも床・壁・天井の仕上げやそれに付随する造作や家具等表層的なものに対する関心が高い。意匠性・機能性の各タイプについて、SRの実施部位、内容、施工方法やSRへの評価に関する代表的な事例をまとめる(図2)。

住み手は、単に機能面や意匠面のいずれか一方を重視するのではなく、両面からSRを行なう。機能面に関しては、大幅から小幅までSRの程度の差が大きい。意匠面に関しては、概ね表層的なSRを行なうが、その取り組み方は、計画的かアドホックかで異なる。

3)SRの実施時期

SR賃貸が開始されて2~3年程度が経過している事例が多いために、居住年数も2年前後に集中しているが、短期間で活発なSRが進められている(表3)。入居時点での環境を整えることを目的に、入居前に予め貸し手との協働や住み手自身でSRを行なう(15/28)あるいは入居後2週間以内の早い段階で仕上げてしまう(12/28)ことがSRの特徴である。契約から入居後2週間が経過するまでに、家具など作業の邪魔になる物が無い状態で、壁の撤去・新設や床・壁・天井仕上げの変更といった大掛かりなSRは実践されている。入居後2週間以降も、不便さを解消するための棚や造作家具の設置、部分的な仕上げの変更といった軽微な内容を中心に、SRは、随時、継続的に実践されている。

3.3 施工の主体・方法の特性

SRの施工方法の特質は以下にまとめられる。

①施工の主体と内容SRの施工は、住み手単独(5/28)よりも、手間・技術不足を補うために、住み手自身と友人・知人・家族・同じ賃貸共同住宅の住み手など様々な人との協働(19/28)で行なうという特徴がある。またSRの施工には、建築やモノづくりに従事する住み手(10/19)や友人等の協働者(11/28)、あるいは専門業者(11/28)など、SRに関する技術・知識を有する人物が関与していることに特色がある(21/28)。壁の撤去・新設の大掛かりなSRを行っている12例では、専門業者や素人でも建築業経験のある友人等がSRに関わるものが10/12例である。素人が単独で施工する場合に比べて、各人が有する施工技術の発揮、豊富なアイデアや保有工具の提供、細かな作業の先導といった特徴が発揮され、施工時間の短縮、工事費の節約、施工精度の向上につながっている〈17〉。一方で、素人で技術を有する知己のネットワークのない人であっても、床貼りだけを施工業者に依頼し、自分だけではできない施工も実践している〈18〉。SRの難易に応じて、素人集団と専門業者とを使い分けるといった合理性が窺われる。

②施工の特性と評価:施工の特性の一つは、SRでは、住み手個々の有する技術や予算に応じて、施工方法を個別に工夫し、相応の方法をとることが可能なことである。そのために、養生なしで通常より早く珪藻土を塗る〈19〉といった独自の施工方法の考案されるなど、空間のみならず、施工方法もカスタマイズされていると言えよう。

二つ目には、SR賃貸では原状回復義務が免除されているため、SRによる失敗もやり直すことができ〈20〉、改修が気に入らなければ変更できるといった〈21〉、SRに対する気楽な向き合い方である。そのために専門業者のような緻密で完璧な仕上がりを目指さずに、逆に、手作り感を評価し、多少の不出来を黙認する意識も窺われる。さらに、素人であっても施工技術について、事前によく学んだうえでSRを行うので〈22〉、質の低下につながるわけでわけではない。SRは「次の住み手のことを考えて改修」するのではなく、あくまでも自らの暮らしを起点に考えられている。その一方で、三つ目には、次の住み手の使い勝手を想像しながらSR内容を検討すること〈23〉や設置した本棚を安全性に配慮して撤去してから退去する考え〈24〉など、次の住み手に対する配慮を伴う自律的なSRが展開されている。加えて、騒音が出ることによって近隣に迷惑がかからないようにとの配慮から施工方法を決定したり〈25〉、施工日時を周知徹底する、材料搬出入の際に共用廊下に養生を行なうなど近隣に配慮した施工が自律的に実施されていることである。近隣への配慮は、後になっての良好な近隣関係づくりに作用している〈26〉。住み手の一方的あるいは過剰なSRによって居住環境や住戸性能の箸しい低下を招くこともなく、SRは、そのまま次の住み手へ継承可能と言える。

 

6.まとめ

多様なSR賃貸のソフト・ハードの条件のもとで生起するSRの実態と特性を解明し、その有効性あるいはSR賃貸の条件との関係について検討を加えた。これまでの分析結果を整理し、賃貸共同住宅におけるSRの特質と意義、SRを促進するようなSR賃貸の要件を示すことを以て本研究をまとめとする。

6.1 SRの特質と意義

①住み手は、個々の住要求に対して、機能的には自らに相応しい、意匠的には自らに好ましい住環境づくりを目的として、SRを行なう。SRは、住み手個々の住まい方、趣味嗜好、経済的事情、技術や経験などの個別の条件の差異がSRの個性化に直結する、計画と使用が直接的に連動した、即人的・即空間的・即時的な行為である。

②住み手は、あくまでも自らの暮らしを起点としてSRを行なうにも関わらず、好き勝手に構造躯体に手を加えるといった過剰なSRや不適切なSRを行なうことはなく、SRの可能性や利点を活かすような改修を行なう自律性を備えている。

③SRは、他律的に計画された住戸を個別化し、陳腐化した間取りや内装の現代化を自律的に行なうことから住まいの質を高める、ボトムアップ型のリノベーションである。これまで、専門家が現代化を解釈して間接的に計画されてきたリノベーションに対して、SRは、住み手の考え方の直接的な表現という意味で現代化につながる。

④壁の撤去・新設、仕上げの大幅な変更や設備の更新といった大掛かりなSRは、契約から入居後2週間までの期間に集中して実践される。これに対して、棚や造付家具の設置といった軽微なSRは、入居前後を問わず、必要に応じて随時実践される。

⑤SRの経験を通じて住み手とハード・ソフトの集住環境との親密な関係性が築かれ、住まいに対する愛着、アイデンティティ、関心が育まれる。そのことは、住まいを所有せずとも、空間を使用し、住まいのメンテナンスや集住コミュニティといった住環境づくりにも主体的に関与する意識・態度を創出する。

⑥従来は、貸し手からは不信の対象と捉えられ、原状回復義務などによって管理されていた住み手がSR承認に至るプロセス(面接・相談・SR申請等)や日常会話を通じて貸し手とのSRに対する相互理解を得られれば、信頼に足りる存在になり、より良き住環境づくりに向けての協働性へと、その位置づけを転換する可能性があることを、SRは示している。SR賃貸においては、原状回復によって維持管理を図るのではなく、持続的なSRをサポートすることから住み手と貸し手が協働で住環境を維持、更新する管理の方法が必要となる。

6.2 SRを促す要件

以上のようなSRの現況を踏まえ、遠慮がちな住み手のSRへの意欲を高め、活発なSRを促すような計画が重要である。そのための要件は、一つには、入居前の面接や相談などによって、SRへの遠慮を取り除き、意欲を高めることである。入居時点のSRは、より自由で大幅なSRの実現につながっている。二つ目は、簡便な改修承認(口頭・メールでの説明・素人でも分かり易いフォーマット図面での申請等)などの気軽なSRを促すソフトの計画である。あわせてハード面では、SRへの意欲や積極性を高め、SRを受容するような余地のある空間があれば、SRは促進される。内装が施されていない空間状態は、SRを強制するというよりもSRへの意欲を芽生えさせる。また、老朽化・陳腐化した内装や間取りは、現代化を図る積極的なSRへの意識を喚起する。Rh型や0型には、そのような空間が揃っている。一方、余地のある空間を計画できない場合であっても、SR可能範囲を明確に設定することでSRを促すことができる。

上記を基にSRを誘導しつつも、ルールを逸脱したSR、住戸性能や安全性を低下させるSRといった過剰なSRが起きないよう留意することが必要である。そのためには、契約書類などに禁止事項を明記しておくことやSR承認に至るプロセスを通じてSRの内容や方法について貸し手がチェックを行い、合意し、記録を残しておくことが有効である。加えて、SRのプロセスを通じて、貸し手と住み手との日常的な関係性を構築していくことが重要である。

 

木材利用推進は、建築物のみならず最近では列車にも使用されたことが話題となりました。

JR九州における木材利用について 渡 邉 秋 策,渡 邉 俊 介

  • はじめに
    当社では、グループの中期経営計画の中で,“地域を元気に”をスローガンに掲げ,「地域の元気がなければ,JR九州グループが元気になることはない」「よりよい交通ネットワークをつくり,豊かなくらしをつくることで地域の元気をつくる」との想いのもと,それぞれの事業を展開している。
    中でも,各地方を運行しているD&S列車やそれらの観光列車の運行開始に併せて実施している駅舎のリニューアルは,単なる移動の手段を超え,車内や駅舎で過ごす時間そのものが旅の楽しみとなるようなものを造るとの想いのもと,地元県産材等を使い,細部にもこだわることで,お客さまの旅をトータルで演出するように努めている。

今回はJR九州におけるこれまでの木質化の変遷について車両・駅舎の両面から振返る中で,その内容について紹介していきたい。

 

2.D&S列車とは

当社では,新たな観光素材の開発によるお客様の創出,特に九州外からのお客さまに九州を訪れて頂くことを重視し,九州にしかない観光素材として新たな列車の運行を実施してきた。移動手段,交通手段としてだけではなく,乗ること自体が楽しみであり,目的である,そうお客さまに感じていただく列車を提供することに力を入れている。

そうした観点から製作した列車を当社では「D&S列車」と呼んでいる(これまでは観光列車と呼んでいた)。「D」はデザイン,「S」はストーリー,つまり「デザインと物語のある列車」である。

この「D&S列車」は地域資源としてまちづくりに寄与している。例えば,ジャズのスタンダードナンバーをそのまま列車名にした「A列車で行こう」(「A」は天草の頭文)は,三角駅で高速船に接続し,天草まで乗り継いでいける。「A列車で行こう」及び高速船のお客さまが増加するに伴い,天草市では運行を開始したH23年をおもてなし元年に位置付けて,地域全体でいつでもお客さまをお迎え出来る態勢を整えている。また「指宿のたまて箱」の運行時には,指宿を訪れるお客さまを歓迎しようと駅や沿線で地元の方々が黄色い旗を振ってお迎えする光景は全国的な話題にもなった。

このように当社では,乗ること自体が目的となる楽しい列車「D&S列車」を走らせ,地域と一体となった沿線観光をアピールする事で,その地域のまちづくりに貢献してきた。

 

3.最近のD&S列車:「かわせみ やませみ」の木質化のこだわり

ここで平成29年度春に当社にとって,11番目のD&S列車として運行を開始した「かわせみ やませみ」について紹介する(写真1)。

列車名は球磨川地域に生息する野鳥,「かわせみ」と「やませみ」を由来としており,漢字表記では「翡翠」「山翡翠」と表記する。一般的には「翡翠」と書くと深緑の半透明の宝石を指して,「ヒスイ」と読むことの方が多いが,その名前からは球磨川のきらきらと輝く,青色とも緑色ともつかないような水面の色を想像させる。

球磨川の自然豊かな渓流を飛び回る「かわせみ」と「やませみ」をイメージし,急流球磨川に寄り添う通称「川線」を運行するに相応しい車両とした。

3.1 車両の改造

既存車両(キハ47形2両)を「ななつ星in九州」や「或る列車」を製作した実績のある小倉総合車両センターで改造を行った。車体は全ての内装品を撤去,ほぼ骨組みだけの状態まで分解し,各部の改造や補強を行った。改造工事では数々の問題も発生したが,これまで培ってきた経験を活かし,「ななつ星in九州」や「或る列車」にも劣らない車両を完成させることが出来た。

3.2 地元の皆さまと一緒になって作る

「かわせみ」と「やませみ」は製作段階から地域の皆さまにたくさんのご提案をいただき,人吉・球磨地域が持つ魅力を表現した車両になった。

車内には,ヒノキ,スギ,い草等,地元の素材をふんだんに使い,特に「ヒノキ」は,球磨地域林業振興・木材需要促進対策協議会様から銘木をご提供いただき,主に家具(ベンチ,カウンター,テーブル,ショーケース等)に使用した。

また,車両だけでなく,車内や車外でのおもてなしも地元のみなさまと一緒になって作った。列車内で「人吉球磨を感じていただける旅」をテーマに知恵を出し合った。

例えば,「かわせみ やませみ」3号,4号の人吉駅到着時には,地元の皆さまによる歓迎のおもてなしがある。また独自の食文化をもつ人吉球磨地方の旬の素材を楽しめるオリジナルの「四季彩弁当」,「つぼん汁」,オリジナルスイーツやおつまみセットも用意している。

3.3 車内設備(インテリア)

車内は木材をふんだんに使用し,列車内とは思えない空間となっている。木製ロールブラインドや組子のカバーを付けたブラケットライト,客室の各部に装飾品を取り付けており,厨房付近はショーケースを電照板で照らしている。

座席は,リクライニングシート,ボックスシート,ソファ席,窓向きに設置したカウンター席やこども椅子等,バラエティに富んでいる。

軽食を提供するビュッフェや地元特産品を販売するカウンター,球磨川の流れをご覧いただける展望スペースを設置している。

(1) 1号車 かわせみ

車体前方よりリクライニングシート,カウンター席,こども椅子を設置し,カウンター,展望コーナー,多目的トイレを設置している。

また室内は外観の色に合わせ,青色を基調とした。

(2) 2号車 やませみ

車体前方より,ソファ席,リクライニングシート,カウンター席,テーブル席,ショーケース,サービスコーナー(ビュッフェ)を設置している。

また室内は外観の色に合わせ,緑色を基調とした。

 

4.駅舎リニューアルにおける木質化の変遷

ここで,当社における駅舎リニューアルに伴う木質化の変遷について表1の通りまとめた。木質化の一つの大きなきっかけになったのが,高架化事業に併せて実施した平成19年3月の日向市駅新築の成功であると言える。その後,D&S列車の運行に併せて各駅舎のリニューアルが急加速して進むようになったが,特に「ななつ星」の運行開始に併せて実施した,博多駅の「ななつ星専用ラウンジ」や,「或る列車」の運行に併せて実施した日田駅のリニューアルは代表的な例であるといえる。

また,日向市駅以降の高架化事業の駅舎においても木質あの流れが推進されており,上熊本駅の防風スクリーンやホーム床,コンコース階の内装には,地元県産材を中心とした木材がふんだんに使用されている。

 

5.最近の具体事例について

5.1 日田駅

5.1.1 計画概要

日田駅は,昭和47年に建設された鉄筋コンクリート造2階建の駅舎であり,連子格子をRCで模した駅舎2階中央のファサードが特徴的な駅舎であった。しかしながら外壁の爆裂等老朽化が進んでおり,塗装も劣化していることから,爆裂を補修した上で外装を塗装し,またガラス窓には木製の連子格子をデザインすることとした。

また待合室や出札付近については間仕切り位置を大きく変えず,内装材に木材を使用したリニューアルを行うこととし,待合室には本棚やテーブル・椅子を設け,列車の到着を待つお客さまや地元の方が自由に使えるラウンジ的空間を配置することとした。本棚に収納する本は,日田市や地元団体からご提供いただいたものである。

5.1.2 デザイン計画

駅舎のデザイン監修は水戸岡鋭治氏であるが,リニューアルにあたっては地元産の「日田杉」をふんだんに活用することとし,木の持つ暖かさが駅を利用するお客さまを包み込むような表現を目指した。また豆田町のような古くからの街並みとの調和を図ることで,地元の皆さまや観光で日田を訪れるお客さまから愛されるデザインに配慮している。

(1)外観デザイン(写真12,写真13)

駅舎外観は,歴史的な街並みをイメージし,落ち着きのあるダークグレーに統一するとともに,また1階正面及びホーム側の壁面及び2階の窓には日田スギを使用した連子格子を整備した。

(2)内観デザイン

コンコースや待合室・出札室の床一面を,日田スギを使用したフローリングにリニューアルした。またコンコース及び待合室の天井にも日田スギを使用したルーバーを用いた。一方で出札室天井は日田スギの板天井としてデザインの強弱を設けた。加えて出札カウンターや記帳台,家具天板等什器にも可能な限り日田スギを使用することで,ぬくもりがありスギの香り漂う贅沢な空間に仕上がっている。

5.2 上熊本駅

5.2.1 計画概要

上熊本駅は,新幹線高架に隣接しており,新幹線高架より低いため,防風スクリーンを西側には設置せず,東側の駅前広場に面する範囲に設置し,駅の顔づくりを行った。東側の駅出入口は,熊本市交通局(市電)熊本電気鉄道からの動線を配慮し,駅前広場の中央に設けた。

駅舎の平面計画はお客さまが利用しやすいよう,利用者の多い東側の出入口正面に券売機,きっぷうりばを配置した。コンコースは東口駅前広場に面することで,明るく開放的な空間とした。また,ホームへの昇降設備は,中央にはエレベーターを北側にはエスカレーターをそれぞれ配置し,北側と南側に階段を併せて配置した。南側に配置した階段は,上熊本駅に停車する主な車両が2両編成のため,折り返した形とし,利用するお客さまに配慮した。

5.2.2 デザイン計画

駅舎のデザイン監修は水戸岡鋭治氏であるが,防風スクリーンやホーム等に,木材をふんだんに使用した「ぬくもり」が感じられる駅とした。また,熊本駅・熊本市と共に「森の都・熊本」が感じられる駅となるよう共に検討を重ね,県産材のヒノキを防風スクリーンに,スギをホーム天井に使用した。また,大正時代の旧駅舎は,地域住民の要望により,平成17年度に熊本市交通局の駅舎上家として一部保存移築している。

(1)外観デザイン

駅の顔として防風スクリーンに県産材であるヒノキを縦格子状に設置し,森の都である熊本らしさを表現した。現代的でシンプルな外観デザインとすることで,旧駅舎の上家を移築した熊本市交通局電停と調和し,かつ存在感のある外観とした。防風スクリーンの木材は躯体の鉄骨ボルト支持しているが,防風スクリーンのデザインを損なわないように,木材の背割り部分にプレートを挿入し,木材の側面からはさみ込む工法を採用した。また,駅舎外壁には,レンガタイルを用い木材を用いた防風スクリーンと調和し,親しみやすく温かい雰囲気をつくりだした。

(2)内観デザイン

コンコースは柵内,柵外共に床に白の大理石,壁にレンガタイル,天井にベイマツの突板をベースにモールディングを格子状に配置したパネルを用いて,細部までこだわったデザインとした。天井に配置した感知器やカメラ等の設備は天井の雰囲気と調和するよう同色に塗装している。照明は格子状に配置したモールディングに合わせ,規則的に配置し,昼光色のダウンライトとすることで,内部空間のぬくもりを強調している。

(3)ホームデザイン

ホームは,4両編成の範囲に,天井に県産材のスギをルーバー状に配置した上家を80m配置し,床にウッドデッキを用い,列車から降りたお客さまが,すぐに木の温もりを感じることができる空間とした。上家の天井に配置した木ルーバーの端部は,アルミパネルを加工し,照明やその他の運転設備がシンプルに納まるよう工夫している。

 

6.おわりに

今回は,当社における木質化の取組について,列車・駅舎の両面から紹介させていただいた。

木質化による一連の取組は,観光資源が豊富で魅力ある九州を日本だけでなくアジアにも発信することにつながり,より多くのお客さま,地域の皆様に喜び,そして楽しんでいただき愛されながら,更なる地域活性化に役立てることを願っている。

最後に,これまでの一連の木質化の取組みに際してご協力いただいた皆さまに,誌面をお借りして心から心からお礼申し上げます。

 

 

 

木材の利用推進と一言で言っても、川上から川下まで様々な流通を通過しますし、大小さまざまな利用目的によっても見え方が違ってきます。ここでご紹介させて頂いた資料では、戸建て住宅、集合住宅、公共施設から列車に到るまで様々です。少しバラバラな視点からご紹介させて頂きましたがどれもが国産材利用を掲げた有益な情報ばかりです。無垢フローリングのみならず木材の利用促進に関わる情報を発信できればと思います。

 

 

 

 

 

住宅における騒音問題について

マンションのリフォームやリノベーションの際に必ず確認する項目があります。各マンションの管理規約に床材に関する遮音規定です。おおよそ遮音規定LL45やLL40同等の性能を持っている床材を使用する事が定められています。最近では、⊿値に置き換えられては来ているものの、中古マンションの管理規約にはまだまだL値が使用されている場合がほとんどです。 数回に分けて集合住宅、マンションンにおける床衝撃音について抜粋になりますがご紹介させて頂きます。

一つだけ初めに理解しておかないといけない音の区別があります。集合住宅マンションにおける床の数値に関しては、おおよそ2つで重量衝撃音(LH)と軽量衝撃音(LL)です。

LHは、子供が飛び跳ねたりしたときの“ドスンッ!ドスンッ!”というような音で、LLは、テーブルの上からスプーンを落とした時になる“チャリーン”というような音です。

基本的にはLHの低減には床仕上げ材よりもコンクリート床の厚さや建物の躯体の剛性など構造そのものの方が大きく影響します。ここはひとつ押さえておかなくてはいけません。

集合住宅の騒音問題について安岡正人氏は、以下のような総論を発表されています。

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総 論

床衝撃音の現状と課題 安岡正人

1. は じ め に

石の上にも3年と言われるが,床の上にタイヤを落とし続けて30年,20 logで30 dB良くなったかどうか,ようやく人と床の心が通い合って来たように思われる。それにつけても加害者と被害者の板挟みになって苦労させられる床とは何と因果な建築部位であることよ。

床は直接肌身で触れる接触環境として,上の人にやさしく,かつ,その衝撃に身を挺して下の人を守り,プライバシーの守護神として居住者の安心立命を図る崇高な存在であり,私にとっては永年尽きることのない飯の種である。

2. 年次的展開

我が国における床衝撃音問題の歴史を概観すると,佐藤によるDIN タッピングマシンの導入(1963),同測定法 JIS A 1418の制定(1974),木村・安岡による重量衝撃源・タイヤの提案(1971)とJIS A 1418への導入(1978),遮音等級 JIS A 1419の制定(1979),安岡による予測計算法の体系化(1977),井上らによるインピーダンス法の実用化,折笠,福島,橋本らによる床及び下室の波動的取扱いをベースとする理論解析ないしは数値計算予測法の提案,その後の制振床,大スパン床など各種床構造の開発への展開,日本建築学会による遮音基準と設計指針の出版(1979),じゅんたんから木質フローリング仕上げへの移行,田中らによる重量衝撃源の問題点の指摘(1990),床衝撃音レベル低減量測定法 JIS A 1440の制定(1997),田中,橘,井上らによる新重量衝撃源・ボールの開発と JIS A 1418への導入(1999),建設省による住宅性能表示制度の制定(2000)となる。表-1にその系譜を示す。

3. 関連要因の視野

床衝撃音問題に関与する要因を人,建築・床,技術などの視点からキーワード的に示すと次のようになる。

人間(1)居住者:上階の加害者・下階の被害者

一方向性が問題,逆の例もある

(2)供給者:音技術者・設計者・施工者・販売者

設計者の認識不足が問題

建築(3)躯 体:コンクリート系・鉄骨系・木造系

重量衝撃音に影響大

(4)床構造:均質スラブ・根太床・パネル床

軽,重共に関係する

(5)床仕上:直貼床・二重床・浮き床,天井

軽量衝撃音に影響大

技術(6)予測法:理論計算型・経験則型・複合型

不確定要因が多く精度が不十分

(7)構工法:緩衝・防音層構成技術・施工技術

(8)測定法:材料特性・実験室・現場

相互の関係性に問題

(9)評価法:評価指標・ランキング・生活感

ラウドネスかプライバシーか

他の要因や個人差をどうするか

 

4. 現 状 確 認

(1) 居住者については,集合住宅の場合,問題意識のない人はまず居ないし,性能表示制度でより一層昂るものと考えられる。しかしながら被害者意識が先行して加害者意識の低いことが問題であり,生活モラルの向上が強く望まれる。

(2) 供給者については,音響専門家の技術水準は十分高いと言えるが,設計者の認識は概して低く基本的理解のない人が少なくない。集合住宅を数多く手がけている施行者はまず問題ないが,販売者のコスト的要求に押し切られ,その上誇大広告の尻拭いをさせられることが多い。

(3) 躯体構造については,質量と適度な損失のあるコンクリート系が有利で,高い性能が要求される場合は鉄骨系は採用されない。木造系は遮音性能よりも別の理由で用いられることが多く評価基準も変える必要がある。

(4) 床構造については,コンクリート系各種スラブの開発が進み,大スパンの無梁版などスケルトン・インフィル方式への対応も図られている。鉄骨系や木造系の梁根太床は理論的解析も困難で,現場施工によるばらつきも多く,経験則的にも性能を担保することがむつかしい。

(5) 床仕上については,木質フローリング系がその強いニーズを受けて突出的に開発が進み,歩行感的評価の洗礼も凌いで,一層の進化を遂げている。しかしながら,二重床系の重量衝撃音対策は,未だ暗中模索,試行錯誤の繰り返しで,何とか悪さをしないものが出始めている段階である。

(6) 予測法については,数値計算によって原理的には何でも解けるところまで来ているが,問題は版の境界条件や断面内の接合条件の取扱いにあって,実建物での実用的な予測手法には到っていない。

様々な仮定を置いて単純化したモデルをベースとしたインピーダンス法などの手計算予測法は,実測データで様々な補正を行うことによって,実用に供されているが,補正の屋上屋を重ねることで基本モデルから乖離してしまうことに注意を要する。

数多くの実測データを要因分析して経験則を見出し,統計的に推定する手法も,範囲を限定すれば,実測ベース故の安心感があって捨て難い。実績のある施工者は自社内の実測データで高い精度で予測できているものと思われる。

今回の性能表示制度ではモデル化による理論的推論で実測データを検証し,補間と外挿を行って各性能ランクに対応する仕様を設定している。

(7) 構法・施工法については,緩衝,制振,防振などの視点から材料と層構成が工夫され,現場施工も含めて軽量衝撃音対策は性能ランク別に大略確定しているといえる。

しかしながら,重量衝撃音の性能は基本的にスラブ等の躯体構造によって決まるので,構法的な工夫はマイナス面のチェックに留まる。

(8) 測定法については,今回のJIS改正で大略整備されたようであるが,新重量衝撃源など実際の運用面については数多くの課題を残している。

(9) 評価法については,単一評価尺度に異なる方式が併記されて紛らわしい。いずれA特性音圧レベル系に統合されるものと考えられる。問題は生活感的評価との対応にあって,発生騒音のラウドネス,ノイジネス,アノイアンスか,情報音としてのプライバシーの問題か。暗騒音,コスト,利便性,個人の感受性,上階との対人関係などの影響が語られているが定量的な知見はほとんどない。

 

5. 今後の課題

性能表示制度の施工によって,これまで住んでみて初めてわかってクレームをつける事後対応型であったものが,表示された性能を納得して購入する事前予想型に変わる。それはまた問題が起きたとき受忍限度で争われたものが,契約性能の実現程度が争点となることでもある。ごね得は防げる反面,数値的には厳しくなるし,説明責任も生じる。いずれにしても供給者と居住者ばかりでなく,広く社会的経験を積み重ねて解決して行く以外にない。

これらに関連して,予測精度や施工によるばらつきが大きな問題となる。2ランクも許容幅をとることは許されないとすれば完成検査して表示するしかないが,それでも測定誤差の問題は残る。

研究課題として,まず単純な均質二重床などをモデル化して衝撃源を含めたノンリニヤーな三体問題として,考えられるばらつきの発生要因をパラメトリックに変化させて数値計算実験を行い,それぞれの寄与度を同定する必要がある。現場データからだけでは犯人を追いこむことはむつかしい。

その上でバリエーションを増やして,現場データと照合し,更に人体の力学的モデルとの対応も図ることが望まれる。

 

6. お わ り に

床衝撃音問題の渦中に居ると世の中のすべてそれを中心に廻っているように思えて来る。現に集合住宅のスラブ厚は積載荷重ではなく重量床衝撃音から決められるのが常識になっているし,床仕上も軽量床衝撃音対策無しでは選べない。平面計画さえも遮音計画抜きでは語れない。

ところが最近ある出版物でキーワードの英訳を海外生活の長い建築家に依頼したところ,床衝撃音がfloor impulsive soundと訳されて来た。想うに床から出る衝撃的な音の謂で,床への衝撃によって下階に出る音という認識はなかったようである。

床衝撃音大国からみると米国は何と遅れていることかと優越感を味わってよいのか,逆に住宅事情の差を悲しむべきか,騒音に大らかな国民性を羨むべきか迷うところであるが,国際的な展開は先進国の責務であろう。

確かにマッチ・ポンプでここまで来たという自戒の念もないわけではないので,今後は性能表示制度などで徒に高性能を求めて無駄な社会的負担を強いることのないよう,常に適正な人間生活の容器として建築の在り方を問う高い視点から注意深く見守って行く必要がある。

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*  General Remarks of Floor Impact Sound

*1 Masahito Yasuoka : Department of Architecture,Faculty of Engineering,Science University of Tokyo (東京理科大学工学部建築学科)

 

 

 

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集合住宅における騒音問題は、本当に難しい問題だという事が分るかと思います。日本における騒音の認識や研究については早くから研究されてきているようです。木質フローリングの需要は高まってはいるものの、二重床についてはまだまだ開発途中だとのこと。確かに、二重床の施工については現場では非常に手間が掛かるという事もあるようですが、施工の難しさも開発が進まない大きな要因となっているようにも思います。

さて、どのように集合住宅の基準値が設定されてきたのか木村翔氏が集合住宅の音環境という題で総論を発表されています。L値ができた背景も記載されていたり、直貼りフローリング開発時の苦悩も記載がございます。

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総 論

集合住宅の音環境 木 村   翔(日本大学理工学部)

 

戦後45年を経て我が国は世界有数の経済大国となり,質の高い工業製品が世界中を席巻して,技術的にはもはや欧米に学ぶものはないとまでいわれている。しかしその一方で,アメリカから指摘されるまでもなく,社会資本の整備が立ちおくれ,首都東京の中でさえ,いまだに共同溝がほとんどなく,電柱が林立して街の景観をだいなしにし,下水道普及率も東京都で85% (全国平均42%,先進国中最低) にとどまっている。道路にしても,大都会に必須の外環状線をこれから造ろうというお粗末さで,通過交通が都心に流入し,交通渋滞に拍車をかけている。

兎小屋と軽べつされた住宅は,次第に平均床面積も増え,住宅産業が急成長して,高品質の工業化住宅が建設されるようになり,公団,公社,民間の供給する集合住宅も,全般的に性能が向上してきているが,戦後の住宅不足を解消するため,質より量ということで,大量に建設されたコンクリート造集合住宅や木賃アパートが,いまだに残存するところに大きな問題が残されている。

確かに昭和30年代は質より量の時代であった。大都市近郊に建設される 「団地」 が一つの流行語となって,公団住宅の耐火性,水洗便所と内風呂の普及,ダイニングキチン,日照・通風などが,住民からそれなりの評価を得ていたが,昭和40年代に入ると,公団住宅の建設戸数も60万戸をこえ,コンクリート造集合住宅の居住経験も次第に蓄積されて,量から質への要求の転換が,種々の面で表われるようになってきた。昭和44,45年度に住宅公団からの委託で建築学会が行った調査研究の中で,公団住宅居住者の室内外騒音に対する影響意識に関する大規模なアンケート調査が行われ,引き続いて昭和46年度から52年度にかけて筆者らは,公団・公社・民間の17団地で広範囲な面接調査(有効票3,765)を実施すると共に,生活騒音の実態を調査した。

その結果,周知のように上階住戸からの床衝撃音が居住者にとって最も気になる騒音であることが明らかにされ,畳のように優秀なクッション材を床表面に用いても,それだけでは上下住戸間の床衝撃音遮断性能は不十分であり,床構造自体の剛性を増す方向で,子供のとびはねなどに対応した防止対策を早急に立てていかなければならにことが明らかにされた。昭和46年,木村・安岡は重量衝撃源としてタイヤの落下衝撃を用いることを提案し,昭和53年 JIS A 1418の中でタッピングマシンに加えて,この重量柔衝撃源を併用することが規定された。

昭和40年代後半になると,戦後の住宅不足に悩まされてきた我が国も,やっと住宅数が世帯数を上回るようになったが,遮音性能に関する質への転換はなかなか進まなかった。当時の集合住宅は110~120mm厚という薄いスラブが当然のことのように使われていた。室内騒音に対する面接アンケート調査で集められた居住者の意見を整理してみると,居住者の大部分は生活騒音の問題を集合住宅の宿命としてとらえており,苦情申し立てをして隣人感情を害するよりは,スムースな人間関係を形成した方が得策であるという考えから,子供のとびはねや走りまわり等に悩まされながらも,互いにがまんしている傾向がみられたが,一方,下階住戸への気がねから,生活が委縮することへの懸念もみられ,集合住宅において,不特定多数の人々が普遍的に要求する平均的な条件に対して,建築的に遮音性能を保証することの重要性が,はっきりと浮きぼりにされていた。

引き続き昭和47年度には,住宅公団からの委託研究の一環として,集合住宅における湿式浮き床構造の研究がはじめられた。筆者は昭和49,51,53年と3度にわたって 「浮き床構造訪欧調査団」 のコーディネーターをつとめたが,49年パリのデファンス地区に建設中の40階建高層集合住宅の床スラブが210mm厚のコンクリート,セーヌ河畔の32階建の集合住宅は180mm厚のコンクリートに浮き床という状況に,構造的必要厚の110mmという薄いスラブが普通に使われていた我が国の状況と比較してショックを受けた。筆者は昭和52年4月,音響学会のシンポジウムで,「最近,一部では遮音性能の低下を伴う建物の高層化,軽量化がはかられ,集合住宅居住者の生活騒音に対する苦情が各所で発生しているが,これは技術というよりむしろ心掛けの問題であり,まず経済性のみを重視する態度を改めることが,集合住宅の設計には最も必要なことであるといわざるを得ない」 と述べた。

一方,昭和49年には建物の遮音基準に関する JIS 原案の作成委託があり,昭和50年4月には, JIS 案 「建築物の遮音性能基準」 が答申された。この JIS 案の答申を引き継ぐ形で建築学会に 「遮音基準作成分科会」 が設置され,空気音の遮音等級Dと床衝撃音の遮音等級Lを含む総合的な遮音の評価体系と学会基準が昭和54年に制定された。同じ年の10月,JIS 案のうち,評価尺度としての遮音等級とその級別を定めた部分のみが, JIS A 1419 「建築物の遮音等級」として公布された。

このJIS と学会基準によって集合住宅の遮音性能が,遮音等級という簡明な尺度で表わされ,その比較,評価が実用的かつ容易に行えるようになった意義は大きく,我が国の集合住宅の遮音性能を統一的に把握し,性能発注や性能表示を行うことが,ここにはじめて可能となった。その後の状況からみると,これらが一つの起爆剤となって,住宅供給者側が遮音性能の向上に取り組む姿勢が強まり,住宅の騒音問題の解決に積極的にふみ出すようになってきたといえる。

住宅公団はこれまで問題の多かった上下住戸間の遮音性を高めるため,床スラブのコンクリートの厚さを13cmから20cmへ7cmもアップするという記事が朝日新聞に報ぜられたのは昭和54年12月のことであった。公団は昭和48,49年頃,標準スラブ厚を11cmから13cmに増したが,昭和55年度からは学会基準を受けて,「住戸境の床は重量衝撃音に対する遮音等級 L-55 (学会基準の2級)とする。参考仕様はスラブ厚180~200mm」という画期的な遮音性能水準を設定した。

先にも述べたように,公的住宅である公団住宅においても,経済的合理性が追求され,戸数主義が長く続いた結果,構造部材 (壁・床) の厚さは,構造上の最小必要厚そのものに抑えられてきた。それでも左右の界壁の厚さは概ね遮音上必要な15cmの厚さを上回っていたが,上下住戸間の床スラブの構造的必要厚は11~13cmにしかならず,床衝撃音の防止に必要な厚さを明らかに下回っていた。住宅公団のある研究者は,昭和57年建築学会の音シンポジウムで,「このような構造部材厚の設計方法が,昭和55年の遮音性能水準設定まで続けられた結果,公団住宅100万ストックのほとんどは,遮音設計の対象となることもなく,上下間の床は必要最低限の遮音性能を保持せぬまま放置されているところに問題がある」 と述べ,L-55という55年遮音性能水準を設定した後にも問題の残ることを示した。

昭和54,55年度に建設省が行ったアンケート調査結果によると,分譲マンション居住者が 「カタログ等でもっと詳しく明示した方がよい」 と考えている項目の1位は 「上下階の衝撃音遮断性」 であった。またこの調査では,事前にその品質,性能がよくわからなかった項目ほど入居後の不満や苦情につながっているという傾向がみられた。このようなことから建設省では昭和56,57年度の2年間で分譲マンション性能表示制度のたたき台をつくり,58年度にその案が提示された。この案はいろいろな事情から一般に普及するまでには至っていないが,最近では大手ディベロッパーがD,Lの数値で遮音性能を要求するようになっており,公団住宅をはじめとする我が国の代表的な集合住宅では実質的な遮音性能の保障または表示がすでに行われうる状況になっている。

昭和50年代は住宅全体からみると,量から質への転換が実質的に行われた時代であり,居住者のニーズの高度化,多様化に応える形で,遮音等級の JIS 化,集合住宅の床スラブ厚の増大,建設省監修による湿式浮き床構造設計施工指針の刊行,高性能乾式軽量遮音壁の開発,遮音等級の実用的予測手法の確立などが行われてきた。

昭和60年代は,集合住宅に対する各方面からの要求がさらに多様化し,フレキシブルな平面計画を可能にする一住戸梁なしの大型スラブが用いられるようになるなど,音環境も新たな対応が求められるようになってきている。一部ではダニの発生からカーペットをはがし,住民が勝手に直張りフローリングに代えたことによって軽量衝撃音が問題になり,団地によっては直張りフローリングの性能指定をするところも出てきた。最近の新築マンションは,一つの流行として,カーペットを敷き込むよりもフローリング仕上げが好まれ,例え床スラブが180~200mm厚で重量衝撃音はL-55~L-50を達成しても,軽量衝撃音はL-70~L-65で苦情が発生するという,以前とは明らかに違った形が見られるようになった。

このような状況のもとで住都公団は,構造・振動・音響の面からみた大型スラブの設計指針を作成しつつあり,床面積100㎡の大型スラブでも,重量衝撃音に対しL-55が十分に確保できる目途がすでについている。また床材メーカーは,こぞって性能のよい直張りフローリング床の開発に取り組み,20mm厚程度でも軽量衝撃音L-55~L-50の性能が得られる製品が続々と生み出されている。社会資本整備の立ちおくれはあるものの,経済成長優先の恩恵を受けて力をつけた我が国の企業は,大手建設業を含めて,欧米に勝る技術力をすでに備えており,これからの集合住宅の音環境も,超々高層化や住戸面積の拡大など,どのような要求にも対応して,住民の満足を得ることのできる質の高いものになっていくことが期待される。

 

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*Acoustical Environment in Multifamily Dwellings

**Sho Kimura (College of Science & Technology,NIHON University)

 

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マンションでは、畳やカーペットよりもフローリング材が流行となり、直貼り仕様の物件でもLL45対応の直貼りフロアーがたくさん販売されるようになりました。LL45対応の直貼りフロアーは、基本的にフロアー裏面にスリット(鋸切れ目)が入り、軟らかい遮音材や吸音材が貼られている商品がほとんどです。基材も遮音材も柔らかいために歩行感がとてもフカフカするので初めて歩く人にとっては少し不思議な感触を請ける事もあるようです。 住宅床の床衝撃音と歩行感覚評価という事で井上勝夫氏と木村翔氏が解説されております。

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解説 住宅床の床衝撃音と歩行感覚評価

井上勝夫,木村 翔(日本大学理工学部)

 

1. は じ め に

床は建築物の中で,人間が常に接する重要な部位であるため,安定性や安全性の確保はもちろん居住性からみた快適性も当然要求される。特に集合住宅の床材料については,音響面から床衝撃音遮断性能の向上を実現するため,多くの研究,開発が行われてきた。また,近年のカーペット床から木質フローリング床への変更は,軽量床衝撃音遮断性能の低下を招き,防音型の直張木質フローリング材の開発が活発に行われてきた。しかしながら,この開発は,防音性能の向上を材料断面の緩衝効果に依存したため,木仕上げでありながら柔らかい床を出現させることとなり,居住性(歩行感)が損なわれるという問題を引き起こしている。

一方,最近の住宅建築を見ると,床構造の仕様が従来の工法に比べ大きく変化してきている。素足歩行を対象として完成されてきた住宅の伝統的床構造とかなりの差が生じてきており,床弾性の面でも変化してきていることが推察される。床が居住性能に及ぼす影響は大きく,住宅の空間性能の向上のためにも,適性弾性に関する研究や床構造の工法及び仕様の検討等を精力的に行っていく必要がある。

本報では,住宅の床の適性弾性について居住性(歩行感)の面から系統的に検討した筆者らの研究例¹⁷⁾,¹⁹⁾を中心に解説する。

 

2. 人の床歩行時の衝撃力特性

歩行感や床の振動特性を検討する前に,人の歩行時の床に及ぼす衝撃力特性を実験的に測定した結果について概要を紹介する。足裏全面にシート状の多チャンネル(1,260ch)の圧力センサを貼り付け,歩行時の加圧によって変化する電気抵抗を検出する装置を用い,歩行時の足裏各部の衝撃力を測定した。衝撃力のサンプリングは100Hz/chで,足裏面の平面上の分解能は5.08mm間隔,センサシートの測定範囲は2.0~147N/cm²である。年齢別・男女別・歩行種類別に行った衝撃力測定実験結果の中から,大学生男子の普通歩行時における足裏各部の圧力の時間変化の例を図-1に示す。これを見ると,踵が床面に接触し,約100ms後に踵部分の衝撃力が最大値を示し,前足部へと体重が移動して,約600ms後に前足部の衝撃力が最大となり,700ms程度で指部が離脱する様子が分かる。そこで,足裏全面を図-2のように主要部分に分割し,各部の圧力を時間ごとに加算して,時間波形として表すと図-3に示すようになる。このように足裏の各部分は,衝撃力の期間変化を伴うので,図-3から得られる情報は歩行感等を検討する上で非常に重要な意味を持つ。また,これらの足裏各部の衝撃力を周波数分析した結果を図-4に示す。図中には,小学生・大学生・60歳代の場合を比較して示した。全体波形については,衝撃時間が700ms前後であることから,衝撃周波数は1~2Hz程度となり,衝撃波形が2段波となるため比較的高周波成分を含む周波数特性を示している。また,踵部と前足部は,衝撃時間が短くなるため,衝撃周波数は若干高めとなるが,衝撃周波数以上の周波数特性はかなり減衰が大きい特性を示している。これらの特性を全体的に見ると,全体波形の低周波数域は前足部の影響が強く,高周波数域は踵部の影響が強いと言える。

 

3. 歩行衝撃シミュレータの検討と試作

床仕上げ構造の変化に対する歩行感等の評価実験を実施する場合,感覚変化量を説明する物理量の測定が必要である。この物理量は,単純な加圧装置や点衝撃装置によるものだけでなく,人の歩行時に近似した衝撃力による床構造各部の応答物理量も対象とする必要がある。そこで,任意の衝撃波形が安定して再現できる衝撃装置として,「歩行衝撃シミュレータ」を考案・試作した。この装置の概要を図-5に示す。この装置は,プログラム又はメモリから入力された衝撃波形で油圧ポンプを駆使し梃子の原理を利用して床面を加圧する装置であり,加圧装置の先端に設置したロードセルの出力で制御する機構となっている。衝撃ヘッドの硬さや面積,梃子のアームの長さ等は可変であり,いろいろな床仕上げ構造に対処できるようになっている。また,装置全体の周波数特性は油圧装置のレスポンスに依存し,DC~50Hzの間でほぼ平坦な特性を有している。図-3に示すような実歩行時の衝撃力波形を入力した場合の,コンクリートスラブ上加振時における衝撃力波形を実歩行時の波形と比較して図-6に示す。これを見ると,全体波形や前足部波形入力時の場合で,高周波数域に若干差が生じるケースがあるが,全体的に見て,時間波形,周波数特性とも良い対応を示していると判断され,人の歩行を代表する試験用衝撃源として妥当な装置であると言える。

 

4. 住宅の床仕上げ構造を対象とした歩行感の評価

4.1 対象とした床仕上げ構造

住宅で一般的に使用されている床仕上げ構造を全体的に網羅し,また軽量床衝撃音遮断性能を意識し,いろいろな圧縮・曲げ弾性を有するように選定し,直張木質フローリング床,根太床,カーペット床,畳床などの31種類の床構造を対象とした。試験用の床は,目的が歩行感覚実験であることを考慮し,十分な歩行ができるように910mm×3,640mm以上の面積とした。また,各床仕上げ構造は土間コンクリート上に施工し,下部構造の影響を極力除去した。

4.2 全床仕上げ構造を対象とした歩行感

日本の住宅内の床仕上げ構造は,室用途別に大きく変化しており,例えば,同じ「歩行」でも,和室とリビングでは要求性能に変化があることが予想される。これらの推定のもと,まず,選定した全床構造を対象に歩行感覚評価実験を実施した。被験者は20歳代,40歳代,60歳代の男女,計59名である。評価項目はかたさ感,へこみ感,好ましさなどの8項目であり,9段階尺度によるSD法により実施した。

評価結果を系列範ちゅう法により尺度化し,評価項目間の相関を求めた。図-7には20歳代の結果の例を示した。図を見ると,直張木質フローリング床や根太床は評価の幅が広い。しかし,カーペット床や畳床は評価の幅が狭く,種類の変化が感覚に及ぼす影響は小さいことが推察される。また,“かたさ感”と“好き・嫌い”の相関を見ると,各床とも2次曲線で近似される相関性を示しているが,床仕上げ構造別には異なった相関性を示しており,評価の基準に差があることが伺われる。

次に“かたさ感,”“へこみ感,”“たわみ感,”“重量感,”“好ましさ”五つの評価項目に限定し,直張木質フローリング床3種,根太床2種,防振置床1種,カーペット床2種,畳床2種の計10種の床仕上げ構造を対象として,9段階尺度を用いた一対比較法による感覚評価実験を行った。評価結果からシェッフェの心理尺度構成値を算出し,分散分析により評価の感覚量の差の有意性をヤードスティック(有意水準:5%)により検討を行なった。心理尺度構成値の項目相関の例を図-8に示す。これを見ると,“かたさ感”と“好ましさ”の関係は,床仕上げ構造別に変化が大きく,全体的な相関は低下している。この結果からも,人は床仕上げ構造の変化により異なった感覚尺度を有していることが推察される。よって,次節では,評価を床仕上げ構造別に検討することとした。

4.3 床仕上げ構造別の歩行感覚評価

試験対象床仕上げ構造の中から,図-7で評価の幅が広がった直張木質フローリング床と根太床(防振置床を含む)を取り上げ,別々に一対比較法による感覚評価実験を実施した。対象とした床構造は,軽量床衝撃音遮断性能の公称遮音等級がLL-40~LL-60の直張木質フローリング床8種類,根太床・防振置床9種類である。被験者は4.2節の一対比較法による実験に当たった59名に20歳代の7名を追加した計66名である。評価及び解析は,4.2節に示した方法と同様である。

(1) 直張木質フローリング床の評価結果

項目間相関の解析例を図-9に示す。これをみると,“かたさ感”と“へこみ感”の項目間相関は,直線近似され,直張木質フローリング床の“かたさ感”は床の局部圧縮ばねに依存することを示している。一方,“かたさ感”と“好ましさ”の相関は,2次曲線で近似される傾向を示し,特に20歳代の場合は明確な極値を有している。

(2) 根太床・防振置床の評価結果

項目間相関の解析例を図-10に示す。“かたさ感”と“好ましさ”の相関をみると,根太床と防振置床は別の評価判断が行われていることが分かる。防振置床は歩行時の床弾性が支持脚下部に設けられたゴム材に依存しているのに対して,根太床はその弾性が根太間の板の曲げに依存している。根太間隔は300mm~600mm程度であるから,根太床の場合,場所の変化による弾性の変化が大きいことが予想される。しかし,防振置床の場合は面材の剛性が大きいために変形は場所による差もそれほどなく,比較的平面性が保たれた形で変位していることが考えられる。それゆえ,同じかたさ感覚を有する場合でも,防振置床の方が安定した床の感覚を与えるために評価が高くなっていると考えられる。根太床のみでは,ほぼ直線的な相関関係を示しており,よりかたい床ほど好ましい床であると言える。“重量感”と“好ましさ”の関係を見ると,直線的な相関を示しており,重量感があるほど好ましさが増大する傾向にある。

4.4 心理量と物理量の対応

(1) 物理量の計測・解析方法

4.3節で行なった感覚評価実験の結果と床構造の動的物理量との対応を求めるために,いろいろな物理量について検討した。まず人の歩行時を対象とした物理量として,3章で示した歩行衝撃シミュレータによる踵衝撃を対象とした床面の動的変位量,動的ばね定数を対象とした。また,床面の物理的特性として,駆動点インピーダンス,軽量床衝撃音遮断性能に直接関与するタッピングハンマによる加振時の衝撃時間,軽量床衝撃音レベル低減量などを対象とした。歩行衝撃シミュレータによる衝撃力は,人の歩行時の平均値として,衝撃周波数1.25Hz,ピーク衝撃力456Nとした。また,衝撃点及び衝撃点近傍の変位量計測にはレーザ変位形を用いた。駆動点インピーダンスの計測には,衝撃周波数が約80Hzのインパルスハンマを用いた。タッピングハンマはタッピングマシンのハンマと同等な仕様(質量:500g,材質:スチール,ヘッド直径:3cm,衝撃面の曲率半径:50cm)のもので,高さ4cmから自由落下させる方法とし,衝撃時のハンマヘッド部分の加速度変化を計測する方法を用いた。床の衝撃位置は,直張木質フローリングでは,試料の中央点とし,根太床かつ大引間とした。

軽量床衝撃音レベル低減量の測定は,スラブ厚さ14cmの普通コンクリート床版で,室面積が81.7m2の床面上に施工し,JIS A-1440に準拠し計測した。衝撃点は3点,下室の測定点は5点とし,15秒間のオクターブバンド別等価音圧レベルを計測した。

(2) 直張木質フローリング床の心理量と物理量の相関

4.3節に示した直張木質フローリング床に対する一対比較法による評価実験結果と,(1)で計測した床の各種物理量との対応を取った。その例を図-11に示す。歩行衝撃シミュレータによる衝撃点の動的変位量と好ましさの関係を見ると,変位量が1~1.5mm程度のところに好ましさのピーク値があり,変位量が大きすぎても小さすぎても好ましさは低下する傾向にある。これは,衝撃点の動的ばね定数でみると,5~10×105N/mに対応する。125Hz帯域の床衝撃音レベル低減量と好ましさとの関係も2次関数的対応を示しており,低減量が2~3dB付近に好ましさのピークが存在すること示している。

(3) 根太床・防振置床の心理量と物理量の相関

心理尺度構成値と各種物理量の対応例を図-12に示す。歩行衝撃シミュレータによる衝撃点の動的ばね定数との対応をみると,“好ましさ”とは2次関数的対応を示し,動的変位量及び動的ばね定数で最も高い評価を示す値は,それぞれ1.5mm前後,4.0×105N/m程度となっている。また,衝撃インピーダンスレベルも“好ましさ”との相関が良く防振置床も含めて心理量を良く説明できる物理量であると言える。衝撃インピーダンスレベルは,70dB程度が最も好ましい床と言える。

 

5. む す び

本稿の結果から,特に歩行感を対象とした場合,好ましさには,ある極値が存在することが分かった。そして,それを説明する主要な物理量として,動的ばね定数や動的変位量,床仕上げ材のインピーダンスなどが挙げられることを示した。しかしながら,好ましさの絶対値については,それを決定付ける要因が非常に多いこと,また,感覚は複雑で個人差が大きいことなどから,今後の研究に負うところが大きい。

床は住宅の基本的部位であるから,居住性能向上のためにも,今後更に同種の研究が行われることが望まれる。なお,筆者らは住宅内での人の行動を“歩く”だけでなく,“立つ”,“座る”まで拡張し,各々の行動別視点からみた住宅床の“かたさ感覚”評価を目的とした研究を継続している。

床のかたさに関する過去の研究例としては,内田らによる床のかたさ評価に関する研究1),吉岡による床の弾力性を表した研究2),3),宇野らや古川らによる床のすべりや階段の昇降感に関する報告4)~6),小野らによる床の弾力性の解析7)~11)・歩行時の床のかたさの評価12)~15)など,多くの報告がある。また,床のかたさを居住性の面から検討した最近の研究には,筆者らの一連の研究16)~19)や安岡・赤尾らの研究20)~23)がある。これらの研究に関する詳細な内容については,文献を参照されたい。

 

文   献

1)内田祥哉,宇野英隆,江口 禎,“床のかたさについて(床の研究その2),”建築学会研究報告48号, 99-100(1959).

2)吉岡 丹, “床材料の歩行感とくにその弾力性について,”建築学会研究報告48号,77-80(1959).

3)吉岡 丹, “各種床材料の弾力性測定装置の試作,”建築学会論文報告63号,65-68

(1959).

4)宇野英隆,直井英雄,遠藤佳宏,“足圧の変化よりみた床のすべり性状について,”日本建築学会大会学術講演梗概集,613-614(1973).

5)古川修文,山田水城,後藤剛史,“階段の昇降感と足圧の関係について,”日本建築学会大会学術講演梗概集,987-988(1979).

6)古川修文,山田水城,後藤剛史,“階段の昇降時における歩調の乱れと足圧の関係について,”日本建築学会大会学術講演梗概集,1223-1224(1981).

7)小野英哲, “体育館の床の弾力性に関する研究(その1:運動競技者が体育館の床にあたえる荷重の解析),”日本建築学会論文報告集 第181号,7-14(1971).

8)小野英哲,吉岡 丹,“体育館の床の弾力性に関する研究(その2:体育館の床の弾力性測定装置の設計・試作),”日本建築学会論文報告集 第187号,27-34(1971).

9)小野英哲,吉岡 丹,“体育館の床の弾力性に関する研究(その3:体育館の床の使用感調査および弾力性測定),”日本建築学会論文報告集 第188号,1-10(1971).

10)小野英哲,吉岡 丹,“体育館の床の弾力性に関する研究(その4:弾力性の使用感に関する心理学的尺度の構成),”日本建築学会論文報告集 第226号,9-19(1974).

11)小野英哲,吉岡 丹,“体育館の床の弾力性に関する研究(その5:弾力性の使用感に関する心理学的尺度と床の物理量との対応および弾力性の評価式,最適値の提示),”日本建築学会論文報告集 第227号,1-11(1975).

12)吉岡 丹,小野英哲,川村清志,茗ケ原泰広,“建築物の床のかたさおよびその評価方法に関する研究(その1:床のかたさに関する心理学的尺度の構成),”日本建築学会論文報告集 第245号,9-15(1976).

13)吉岡 丹,小野英哲,川村清志,茗ケ原泰広,“建築物の床のかたさおよびその評価方法に関する研究(その2:床のかたさに関する心理学的尺度と物理量の対応および床のかたさ評価式,最適値の提示),”日本建築学会論文報告集 第246号,17-23(1976).

14)小野英哲,横山 裕,大野隆造,“居住性からみた床のかたさの評価方法に関する研究(その1:床のかたさに関する心理学的尺度の構成),”日本建築学会論文報告集 第358号,1-8(1985)

15)小野英哲,横山 裕,“居住性からみた床のかたさの評価方法に関する研究(その2:床のかたさ測定装置の設計・試作および床のかたさの評価指標,評価方法の提示),”日本建築学会論文報告集 第373号,1-8(1987).

16)井上勝夫,木村 翔,石川俊郎,“直貼り木質フローリング材の軽量床衝撃音と歩行感の評価に関する研究,”日本建築学会論文報告集 第454号,15-23(1993).

17)井上勝夫,木村 翔,前原曉洋,渡辺秀夫,松岡明彦,“床歩行時の足裏各部の衝撃力特性(歩行感からみた住宅床の振動応答特性と床衝撃音遮断性能に関する研究その1),”日本建築学会計画系論文集 第477号,1-10(1995).

18)井上勝夫,木村 翔,前原曉洋,渡辺秀夫,“床弾性試験用衝撃源の試作と住宅床の振動応答特性(歩行感からみた住宅床の振動応答特性と床衝撃音遮断性能に関する研究(その2),”日本建築学会計画系論文集 第483号,9-15(1996).

19)井上勝夫,木村 翔,平光厚雄,矢後佐和子,渡辺秀夫,“歩行感からみた住宅床の感覚評価に関する研究(歩行感からみた住宅床の振動応答特性と床衝撃音遮断性能に関する研究その3),”日本建築学会計画系論文集 第504号,9-16(1998).

20)赤尾伸一,阿部正紀,岩本 毅,嶋田 泰,藤井弘義,安岡博人,安岡正人,“住宅の床仕上げ材の遮音性能と歩行感に関する研究(その5官能検査の結果と物理量との対応について),”日本建築学会大会学術講演梗概集,40089(1995).

21)藤井弘義,赤尾伸一,阿部正紀,岩本 毅,嶋田 泰,安岡博人,安岡正人,“住宅の床仕上げ材の遮音性能と歩行感に関する研究(その6低荷重における静的載荷試験),”日本建築学会大会学術講演梗概集,40047(1996).

22)岩本 毅,赤尾伸一,阿部正紀,嶋田 泰,藤井弘義,安岡博人,安岡正人,“住宅の床仕上げ材の遮音性能と歩行感に関する研究(その7静的載荷試験による物理量と官能との対応),”日本建築学会大会学術講演梗概集,40048(1996).

23)赤尾伸一,阿部正紀,岩本 毅,嶋田 泰,藤井弘義,安岡博人,安岡正人,“住宅の床仕上げ材の遮音性能と歩行感に関する研究(その8静的および動的試験から得られる物理量と官能との対応),”日本建築学会大会学術講演梗概集,40049(1996).

 

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日本では集合住宅やマンションの床衝撃音の研究のみならず、
木質構造の床衝撃音の研究もおこなわれています。

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カテゴリーⅡ [木材学会誌 Vol.58,No.5,p.289-294 (2012)]

 

木質構造の床衝撃音の 「うるささ」 の心理音響評価*1

末吉修三*2,宇京斉一郎*2,進藤 龍*3,大沼俊介*3,塩田正純*3

 

木質構造で発生する床衝撃音は種々の周波数成分を含む騒音となることがある。そのような場合,「音の大きさ」を指標とするだけでは床衝撃音の「うるささ」を評価することは難しい。本研究では,木質構造の床衝撃音の「うるささ」を評価する新たな指標を見出すことを目的とした。フローリング,衝撃緩衝材,遮音材および厚物合板で構成される木造モデル床を木造軸組構造の上に構築し,各種の衝撃源によって発生させた床衝撃音を収録した。これらの収録音について,「音の大きさ」,「音の鋭さ」および「うるささ」に関わる主観評価を行うとともに,心理音響評価を行った。その結果,床衝撃音の「音の大きさ」,「音の鋭さ」および「うるささ」に関わる主観評価の間には,互いに高い相関があることがわかった。また,床衝撃音の「うるささ」は,心理音響指標の「非定常ラウドネス」と「シャープネス」の線形結合でモデル化できることが明らかとなった。

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*1 Received November 30,2012;accepted April 18,2012. 本研究の一部は第60回日本木材学会大会(2012年3月,宮崎)において発表した。

*2 森林総合研究所構造利用研究領域 Department of Wood Engineering Forestry and Forest Products Research Institute,Tsukuba 305-8687,Japan

*3 工学院大学工学部 Faculty of Engineering,Kogakuin University,Tokyo 163-8677,Japan

Corresponding author:S.Sueyoshi (sue@ffpri.affrc.go.jp)

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1. 緒   言

木質構造で快適な居住環境を実現するためには,住宅の騒音の中でもとりわけ音響エネルギーの大きな床衝撃音を抑えることが重要である。木質構造は様々な形状の軸材と面材で構成されているため,発生する床衝撃音は種々の周波数成分を含む騒音となることがある。そのため,「音の大きさ」だけで床衝撃音を評価することは,必ずしも十分とは言えない。既往の研究1-4)では,木造床などの床衝撃音について,高音域の周波数成分が変化すると聴感に影響を及ぼすことが被験者を使った実験で確かめられている。これとは別に,業者らは,居住者の観点から床衝撃音の印象や生体への影響を評価するため,主観評価や生理応答を指標として被験者実験を行ってきた5-8)。また,制振材を貼付したコンクリートスラブ9)や木質構造10)の床衝撃音の大きさの心理音響評価を行い,心理音響指標の一つである「非定常ラウドネス」は,従来から用いられてきた「音の大きさ」に関わる音響評価指標である「最大A特性音圧レベル」と比較して,床衝撃音レベルのより広い範囲で床構造の仕様の違いに対応して変化することを明らかにした。さらに,木質構造の種々の重量床衝撃音の大きさについては,「非定常ラウドネス」のほうが「最大A特性音圧レベル」より聴感との相関が高いことを確かめた11)。

これらの研究を踏まえ,本研究では、「音の大きさ」,「音の鋭さ」,および「うるささ」に関わる主観評価ならびに「音の大きさ」と「音の鋭さ」に関わる心理音響評価に基づいて,木質構造の床衝撃音の「うるささ」を評価する新たな指標を見出すことを目的とした。

 

2. 実   験

2.1 木造モデル床

木造モデル床は,鉄筋コンクリート構造(2815mm×3725mm×高さ3000mm)の上面の開口部に設置した。木造モデル床の軸組構造は,居間等の比較的大きな部屋の上階の床を想定して,桁(105mm×240mm)をボルトで鉄筋コンクリート構造に固定し,長手方向に2本の梁(桁と同寸法)を1820mm間隔で設置した。木造モデル床の面材は,スギ単層フローリング(製品寸法:幅190mm,厚さ30mm,長さ4000mm,および製品寸法:幅150mm,厚さ15mm,長さ4000mm),スギ厚物合板(製品寸法:幅910mm×厚さ28mm,長さ1820mm),遮音材(アスファルト系,製品寸法:455mm×900mm,厚さ12mm,密度3g/cm3),および衝撃緩衝材(スギ樹皮ボード,910mm×1820mm,厚さ40mm,密度0.23g/cm3)で構成され,軸材に長さ75mmと50mmの木ねじを併用して固定した。このように,木造モデル床は下階の天井を施工しない梁あらわしの構造とした。木造モデル床の面材の積層構成はTable 1に示す通りである。

2.2 床衝撃音の収録

床衝撃音を発生させるため,衝撃源として,JIS A 1418-2:200012)に規定されている衝撃力特性(2)のインパクトボール (RION Type YI-01,質量2.5kg) のほかに,ソフトボール (1号球,質量139g) とバドミントンラケット (質量120g)を用いた。また,カットパイルカーペットを床表面の衝撃緩衝材として用いた。Table 1に示した木造モデル床の試験体1~5について,カーペットの有無と加振点2ヵ所 (床の中央と端部) の組み合わせで,インパクトボールとソフトボールの落下 (高さ100cm),および垂直に立てたバドミントンラケットの転倒により発生させた60種類の床衝撃音をバイノーラル・マイクロホン (B&K Type 4101) と音響解析装置 (B&K Plus Type 3560C) を用いて,5回ずつWAV形式で収録した。ここで,加振点の中央と端部は,それぞれ木造モデル床の対角線の交点および対角線の4等分点のうち北西の1点に定めた。

2.3 呈示音

収録した床衝撃音の中からできるだけ副次的な雑音がないものを呈示音として選んだ。5秒間隔で2回再生できるように編集した呈示音を記録媒体 (CD-R) に保存した。

2.4 主観評価

主観評価の手順は,以下の通りである。あらかじめ各呈示音を記録したCD-Rをパーソナルコンピュータで再生し,ヘッドホン (Sennheiser,HD600) を通して被験者 (20~30才の男子大学生14名と女子大学生2名) に呈示して,「音の大きさ」,「音の鋭さ」,および「うるささ」に関わる印象を目安となる7段階の目盛りを付けた線上の任意の位置に印を記させることで評価させた。各呈示音に対する主観評価値は,全被験者の評価値の算術平均によって求めた。

2.5 心理音響評価

床衝撃音の 「うるささ」 の新たな評価指標を見出すために,心理音響解析による評価を行った。心理音響解析13)では,聴覚の特性を模擬した信号処理に基づいて,「音の大きさ」,「音の鋭さ」,「音のあらさ」,および「変動強度」の定量的指標を算出することができる。「音の大きさ」と「音の鋭さ」は,定常音と非定常音に関わらず定義されているが,「音のあらさ」と「変動強度」は,定常音についてのみ定義されている。したがって,床衝撃音のような非定常音については,「音の大きさ」と「音の鋭さ」が評価尺度となる。これらの心理音響指標は,それぞれ 「非定常ラウドネス」 と 「シャープネス」 と呼ばれる。

「非定常ラウドネス」 は,内耳の蝸牛で物理的な振動を聴神経に伝わる電気信号に変換する過程で生じる聴覚の特性,すなわちTable 2に示した臨界帯域14)と呼ばれる周波数帯域ごとの知覚,ラウドネス形成の音の持続時間への依存性,あるいはマスキングの影響などを考慮して,臨界帯域ごとのラウドネスの積分値(単位:sone)として表される。なお,Table 2に示すように,この臨界帯域にはBarkと称される単位で番号が付けられる。

「シャープネス」 は,全臨界帯域のラウドネスの積分値に対する16Bark (約3kHz) 以上のラウドネスに重み付けをした積分値の比 (単位:acum)で表される。このことは,約3kHz以上の周波数成分が増加すると音が鋭く感じられる聴覚の特性を反映している。

心理音響指標の算出手順は,既報11)と同様,以下の通りである。心理音響アプリケーション (Mueller-BBM,PAK SYSTEM Ver.5.4)を用いて呈示音を解析し,得られた各心理音響指標の時系列の結果から,両耳で1個ずつの合計2個の極大値の算術平均を求め,「非定常ラウドネス」 と 「シャープネス」 を算出した。

なお,主観評価と心理音響評価で得られた各評価値は,汎用統計解析ソフトウェア (JMP 9.0.3,SAS Institute Japan 株式会社) を用いて処理した。

 

3. 結果と考察

3.1 主観評価および心理音響評価の相関関係

60種類の床衝撃音について行った主観評価と心理音響評価の相関を分析した結果は,Fig.1の散布図行列に示す通りで,各評価指標は相互に線形関係が成り立っている。主観評価のうち,「音の大きさ」 と 「音の鋭さ」 を聴覚の基本的な感覚とすれば,「うるささ」 はより高次の判断を伴う感覚に位置づけられる。これらの評価間の相関関係がいずれも0.9以上であることから,床衝撃音は大きいほど鋭く感じられ,また床衝撃音は大きいほどあるいは鋭いほどうるさく感じられることを示している。

「音の大きさ」 と 「音の鋭さ」 は,基本的には独立した概念である。しかしながら,提示した床衝撃音は,いずれも実大の木造モデル床で発生させた実音であることから、インパクトボールの落下のような重量衝撃では,床衝撃音レベルが上がるほど,きしみ音などの副次的に発生する高音域の周波数成分が増える。またソフトボールやバドミントンラケットを衝撃源とする場合でも,床衝撃音レベルが上がるほど,高音域の床衝撃音レベルも上がる。2.5項で言及したように,聴覚の特性として約3kHz以上の高音域の周波数成分が増すと音が鋭く感じられるので,「音の大きさ」 と 「音の鋭さ」 に関わる主観評価の相関が高くなったと推察される。

床衝撃音の 「うるささ」,「非定常ラウドネス」 および 「シャープネス」 については,「うるささ」 と 「非定常ラウドネス」,「うるささ」 と 「シャープネス」 および 「非定常ラウドネス」 と 「シャープネス」 の相関係数は,それぞれ0.8417,0.7623および0.7654であった。これらは0.9以上の主観評価同士の相関係数と比較して低いが,前述の通り実大の木造モデル床で発生させた実音の特性を反映して,床衝撃音は大きいほど鋭く感じられ,また床衝撃音は大きいほどあるいは鋭いほどうるさく感じられることに対応しており,主観評価と心理音響評価の結果は整合性がとれていることが確認できた。

なお,主観評価の 「音の大きさ」 と 「非定常ラウドネス」 の相関係数0.8233と比較して,主観評価の 「音の鋭さ」 と 「シャープネス」 のそれは0.7260に留まった。このことは,被験者への実験前の教示で,「一般に「音の鋭さ」は高い音が大きくなるほど増す」というような誘導を行わず,被験者の判断に委ねたので,「音の大きさ」 と比べて 「音の鋭さ」 のほうが,被験者間の評価のバラツキが大きくなったと推察される。

3.2 心理音響指標を用いた床衝撃音の 「うるささ」 の重回帰モデル化

前項で示したように,主観評価と心理音響評価の間で線形関係が成り立っていることから,床衝撃音の 「うるささ」 の新たな評価指標を見出すため,「音の大きさ」 と 「音の鋭さ」 に関わる心理音響指標の 「非定常ラウドネス」 と 「シャープネス」 を用いて,床衝撃音の 「うるささ」 の重回帰モデルの構築を試みた。このことは,言い換えれば,聴覚の基本的な感覚の 「音の大きさ」 や 「音の鋭さ」 に関わる心理音響指標を用いて,より高次の判断を伴う感覚の 「うるささ」 を表す定量的評価指標を見出す試みである。

式(1)に示すように,床衝撃音の 「うるささ」 を目的変数 (N) とし,心理音響指標の 「非定常ラウドネス」 と 「シャープネス」 を説明変数 (L,S) として,各変数を標準化して重回帰分析した結果をFig.2に示す。

N=a+bL+cS               (1)

ここで,aは定数,b,cは標準偏回帰係数である。

この重回帰式は,重相関係数0.8615,重決定係数0.7422で,自由度修正済み重決定係数は0.7331となり,その有意確率は0.0001未満であった。すなわち,床衝撃音の 「うるささ」 は,「非定常ラウドネス」 と 「シャープネス」 を説明変数として約73%説明でき,説明変数全体として高い有意性があることを示している。パラメーターの推定値をTable 3に示す。「非定常ラウドネス」 と 「シャープネス」 の標準偏回帰係数は0.6235と0.2851で,有意確率がそれぞれ0.0001未満と0.0085を示していることから,床衝撃音の 「うるささ」 に影響する主要な説明変数は 「非定常ラウドネス」 であり,「シャープネス」はその半分程度の影響を及ぼしていることがわかる。

前述の通り,呈示音として用いた実音源の音響特性を反映して,「非定常ラウドネス」 と 「シャープネス」 にある程度の相関 (単相関係数,0.7654) が認められるが,分散拡大要因 (Variance Inflation Factor,VIF) は2.4を示しており,この重回帰モデルは多重共線性を明確に示すVIFが10を越えるような水準に達していない。

3.3 床衝撃音の 「うるささ」 と心理音響指標との偏相関

重回帰モデルの目的変数と説明変数間の相関について別の角度から考察を加えるため,床衝撃音の 「うるささ」 と 「非定常ラウドネス」 あるいは 「シャープネス」 との間の偏相関係数をTable 4に示す。「シャープネス」 の影響を除いた床衝撃音の 「うるささ」 と 「非定常ラウドネス」 との間の偏相関係数が0.6200で,「非定常ラウドネス」 の影響を除いた床衝撃音の 「うるささ」 と 「シャープネス」 との間の偏相関係数が0.3398であることから,床衝撃音の 「うるささ」 を説明する主たる変数は 「非定常ラウドネス」 であり,「シャープネス」 は 「非定常ラウドネス」 の半分程度の相関を示す従たる変数に位置づけられる。このような偏相関から見て取れる目的変数に対する説明変数の寄与率は,重回帰分析で得られた標準偏回帰係数によって表される影響の程度と整合性がとれている。

以上の結果から,木質構造の床衝撃音の 「うるささ」 の評価指標として,「非定常ラウドネス」 と 「シャープネス」 の重回帰モデルの有効性を示すことができた。今後,「音の大きさ」 と 「音の鋭さ」 が多様な木質構造の床衝撃音の 「うるささ」 について信頼性の高い評価を行なうためには,「小さくて,鈍い」 音や 「大きくて,鋭い」 音だけではなく,「小さくて,鋭い」 音や 「大きくて,鈍い」 音を含む音源を用いた主観評価と心理音響評価のデータを蓄積することが不可欠である。

 

4. 結   論

木質構造の床衝撃音の 「うるささ」,「音の大きさ」 および 「音の鋭さ」 に関わる主観評価は,互いに高い相関を示した。この床衝撃音の 「うるささ」 の定量的指標として,主観評価とは全く独立して得られた心理音響指標の 「非定常ラウドネス」 と 「シャープネス」 の線形結合で定式化された重回帰モデルを構築することができた。このことは,「音の大きさ」 と 「音の鋭さ」 という聴覚の基本的な感覚に関わる心理音響指標によって,より高次の判断を伴う床衝撃音の 「うるささ」 を定量的に評価する端緒を開くものである。

文   献

1) 山下恭弘,長瀬知之,財満健史,大脇雅直:日本建築学会大会学術講演梗概集D-1,中国,1999,pp.123-124.

2) 長瀬知之,財満健史,大脇雅直,山下恭弘:日本建築学会大会学術講演梗概集D-1,中国,1999,pp.125-126.

3) 財満健史,長瀬知之,大脇雅直,山下恭弘:日本建築学会大会学術講演梗概集D-1,中国,1999,pp.127-128.

4) 大脇雅直,長瀬知之,財満健史,山下恭弘:日本建築学会大会学術講演梗概D-1,中国,1999,pp.129-130.

5) Sueyoshi, S., Miyazaki, Y.:Mokuzai Gakkaishi  41,293-300 (1995).

6) Sueyoshi, S., Morikawa, T., Miyazaki, Y.:J.Wood Science 50,490-493 (2004).

7) Sueyoshi, S., Morikawa, T., Miyazaki, Y.:J.Wood Science 50,494-497 (2004).

8) 末吉修三:木材学会誌 50,285-293 (2004).

9) 末吉修三,山本耕三,小林真人,山口道征:日本建築学会技術報告書 5,229-232 (2003).

10) Sueyoshi, S.:J.Wood Science 54,285-288 (2008).

11) 末吉修三,宇京斉一郎,菅沼一希,立和名悠介,塩田正純:木材学会誌 58,69-73 (2012).

12) JIS A 1418-2:“建築物の床衝撃音遮断性能の測定方法-第2部:標準重量衝撃源による方法”,日本規格協会 (2000).

13) Fastl, H.,Zwicker, E.:“Psychoacoustics-facts and models”,Springer,Berlin Heidelberg New York,2007,pp.203-264.

14) Fastl, H,. Zwicker, E.:“Psychoacoustics-facts and models”,Springer,Berlin Heidelberg New York,2007,pp.149-173.

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「音の大きさ」や「うるささ」で相関を考える事など考えつきもしませんでした。音の「鋭さ」や「鈍さ」でも検証されていらっしゃいました。

住宅における床騒音に関する文献をご紹介させて頂きました。騒音問題は、同じ一つ屋根の下で人が過ごすにあたり避けては通れない問題です。また、日本人特有の問題だとも言えるのかもしれません。特に賃貸物件ではなかなか顔を上下階で顔を見た事も無い住人の方もいらっしゃるかとは思いますがなるべく心に余裕を持って過ごせればいいですね。

”剣道公式試合に対応した強度のあるフローリング材” 言い回しがお上手です

『同施設は、25年に青森県で開催予定の国民体育大会の剣道競技場として内定していることから、床材には剣道公式試合に対応した強度のあるフローリング材を使用する考えも示した。』

どのようなフローリング材を指しているのか気になります。
ちなみに全日本剣道連盟HPの剣道試合・審判規則には試合場は以下の様な記載が有ります。

剣道試合・審判規則
[試合場]
第2条
試合場の基準は次のとおりとし、床は板張りを原則とする。


試合場は、境界線を含み一辺を9メートルないし11メートルの、正方形また長方形とする。


試合場の中心は×印とし、開始線は、中心より均等の位置(距離)に左右1本ずつ表示する。各線の長さおよび開始線間の距離は細則で定める

各線の長さおよび開始線間の距離は細則で定める。

以上、全日本剣道連盟のHPより抜粋

記事内の「剣道公式試合に対応した強度あるフローリング材」と言っても剣道の試合ルールには床材の素材も等級も強度も無くただただ”板張り”ということです。

細かいことですが「剣道公式試合に対応した」と言う記載には少し抵抗を感じました。剣道試合・審判規則では床は板張りとしているだけなのに私には「剣道場公式試合用のフローリング材」が存在するかの様にも思えました。
上手な言い回しと言えばとても上手な言い回しなのでこれは勉強になりました。

どうして剣道場の床には強度が必要なのか?

本当に強度が高いフローリングが必要なのか?

そもそもフローリング材の強度が問題では無く
床構造がの方が重要な問題ではないでしょうか?

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